この夜のゲスト・アクトにはなんとbloodthirsty butchersが登場。吉村秀樹がバンドの呼吸を推し量るように“散文とブルース”のギター・ストロークを鳴らし、眩い光を乱反射するような轟音が立ち上がって来る。ときにリード・ヴォーカルをスイッチして引き受ける田淵ひさ子が「今日はお誘い頂きましてありがとうございます。今日の日を大変楽しみにしておりました」と挨拶した後には、見るからにご機嫌な吉村「ありがとう。ありがとね! ロックンロールは、簡単じゃないの。深ーいの。正解なんかなくて、間違って初めてロックンロールなの。正解だって示されたものを、鵜呑みにするなよ。芸術は爆発だ(笑)!」とオーディエンスに語りかける。異色にして極めて刺激的な対バン企画に際しては「なんか今日はいつもと違う。いい匂いするなあ」と笑いを誘い、オーディエンスを更にその美しい音響空間の深みへと連れてゆくのだった。アルペジオのリフレインと高らかな歌声がピークに達する“ocean”までの全7曲を披露し、吉村はビシッとピース・サインを繰り出してみせるのだった。
さて、転換を経て、いよいよMuddy Apesだ。歓声を浴びてステージ上手にINORAN、下手にサウスポーの米国人ギタリスト=DEAN TIDEY(長らくフィーダーのサポートを務めていたセッション・ギタリスト)、その後方にTAKA HIROSE。ドラムはヴォーカル兼任でMAESONことマエノソノ マサキ(8otto)が務めるのかと思いきや、サポート・メンバーとしてDETROITSEVENの345こと山口美代子が位置につくという編成だ。アルバム同様に女の子の声が響いて、しかしそこから“Get Going”ではなくINORANがたなびくようなギター音響を繰り出してオープニング・セッションをスタートさせる。豊かなアフロ・ヘアを揺らして姿を見せたMAESONは、スタンド・マイクの傍らに配置したフロア・タムを叩き、ただでさえ強力なゴリゴリのロック・バンド・グルーヴを後押ししてしまうのだった。
“Heavy Orgasm Stuff”はサングラスを外したMAESONがシャウト一閃、345の転がすビートがさらに場内の温度を引き上げてしまうほど加速し、INORANがフロアの淵に躍り出て来る。基本的に派手で華のあるギター・リフはDEANに任せ、自らはバンド・サウンドに奥行きを与えるといったINORANらしいギター・プレイのスタイルはMuddy Apesにおいても健在なので、こんなときばかりはINORANファンからたまらず嬌声が上がる。INORANのそんな姿を見て破顔一笑のTAKAも、ステージ上では後方に退いて縁の下の力持ちといった役回りに徹しているところがあり、プロジェクトの立役者ふたりがパフォーマンスを根底で支えているのが頼もしい。
洋楽・邦楽の垣根も活動拠点の枠組みも越えたプロジェクトであるMuddy Apesとは、つまりロックが予め備えている越境的なエネルギーと可能性を呼び起こすプロジェクトなのだと思う。瞬間的に放たれる音が確かな力となって永遠に胸に刻み付けられてしまう、そんなロックの根本にある興奮を彼らは探り当て、掘り起こし、楽しみ尽くそうとする。不穏な重低音グルーヴで駆け抜けるストーン・テンプル・パイロッツ“Vasoline”といった奔放なカヴァー曲の選択も、彼ら自身にとってのロック体験の興奮を再確認するものなのだろう。盛大なハンド・クラップを煽って満場のオーディエンスを巻き込み、MAESONは足を蹴り上げて“Get Going”の歌のヴォルテージを上げる。上げるだけ上げたところに投下されるのは、『Crush It』の中でもひときわ美しい、ドリーミーな幽玄のギター音響と穏やかなメロディで綴られる“I See The Light”だ。
「今日が本当はMuddy Apesの初ライヴになるはずだったんだけど、いろいろあって、今日が本当のMuddy Apesのバースデー。そして、明日はINORANのバースデー。ということで、やりますかお兄さん?」と喝采を浴びながらTAKAが告げ、このバンド編成で、このテンションのステージで歌われるINORANのシングル曲“Hide and Seek”へ。INORANとTAKAの共作曲だ。INORANが汗の飛沫を撒き散らして歌い、続けざまに放たれるのは345とMAESONが2人掛かりでタムのビートを乱舞させる中でのDEANによるヴォーカル曲、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの“Feel Good Hit Of The Summer”だ。わお。かっこいいんだこの曲。DEANも既に人気者で、フロアから彼の名を呼ぶ声も飛んでいる。「おれたち、よくやった!」と笑うTAKAが改めてメンバーを紹介し、本編の最後には、肌の露出度が高い女性セクシー・ダンサーが2人招き入れられて踊りまくる“Rola, Rola”だ。右肩上がりのステージとはまさにこのこと。「Thank You! We are Muddy Apes!!」とMAESONが背面ダイブを敢行してフィニッシュした。最っ高である。
と、ここで告知をしたMAESONがおもむろに自身のアフロ・ヘアに手をかけ、実はこれがヘア・ピースでフロアに投げ入れられる。その下からまたアフロが出て来るというパフォーマンスに爆笑だ。さらに、なんと後から姿を見せたメンバー全員がアフロ・ヘアになってしまっている。DEANのアフロだけ妙にぎっちりしていて、しかも似合うのが可笑しい。「8ottoに捧げるぜー! 俺の(アフロ)が一番ちいさい……」と披露されるのは、“Generation 888”だ。スタンド・マイクに齧り付くようにしてフロントマンを務めるMAESONというのも、実にかっこいいし、華がある。ヘア・ピースを外したINORANは、せっかくスパイキーに逆立てた赤い髪が見事にペッタリと潰れていたけれど、彼の表情から楽しげな笑みが消えることは、一度たりともなかった。(小池宏和)
01: OPENING
02: Heavy And Tender
03: Stone Away
04: Zion, Zion, Desire
05: Heavy Orgasm Stuff
06: Vasoline 〈Stone Temple Pilots〉
07: Fall On Me Angel
08: Get Going
09: I See The Light
10: Hide and Seek 〈INORAN〉
11: Feel Good Hit Of The Summer 〈Queens of the Stone Age〉
12: Rola, Rola
EN: Generation 888 〈8otto〉