「え、あのAAAの人でしょ?」――SKY-HI=日高光啓が明かす色眼鏡との戦いとは?

「え、あのAAAの人でしょ?」――SKY-HI=日高光啓が明かす色眼鏡との戦いとは? - PHOTOGRAPHS BY Nicci kellerPHOTOGRAPHS BY Nicci keller

居酒屋でプロポーズするのと、デートして、美味しいイタリアンをコースで食べてホテルで伝えるのとでは全然違うと気がついた(笑)

――今回初めてインタビューさせてもらうにあたってきっかけはいろいろあったんだけど、やっぱり今年出した『カタルシス』というアルバムから、日高くん自身がガラッと変わったような印象があるんですね。

「はいはい、わかります」

――自分でも実際そう思いますか?

「いや、というよりは外側の見え方が変わったっていうだけなんですけど。『カタルシス』自体は、実は2014年末の段階から自分の中でできていて、あ、今度こそこれは行けるっていう感覚があって。いざアルバムになってリリースした時に、変わったと感じることがたくさんあって、聴いてくれている人も――簡単に言ったら、評価が変わったなと思ったのは『カタルシス』からでした」

――たぶん、日高くんは今までとは違う見え方を作り上げることで、自分に対する評価を変えてやろうと思ってあのアルバムを作ったと思うんですよ。

「まさにそうですね。だから作り方もそうで、手癖でラップを書かないというか。韻を踏むための言葉は一個も使ってないですし、なんとなくのフロウもないですし。アルバム全曲に意味を通せるように、ほんとに細かい一人称の使い分けも含めて、丁寧に丁寧に作りましたね」

――うん、そう思う。

「メッセージみたいなものは1stアルバム『TRICKSTER』を作った時から大きく変わっているわけではないんですけど。でも、極端な話、プロポーズする時でも居酒屋でプロポーズするのと、デートして、美味しいイタリアンをコースで食べてホテル予約してみたいな(笑)、段取りを踏んでから伝えるプロポーズとでは全然違うっていうことに気がついて。『TRICKSTER』のやり方で届かないのであれば、自分には何かが足りない。じゃあ今足りないのは何か?っていう模索から始まったので、やっぱり『TRICKSTER』のあとから大きく変わってますね。その変化がリスナーに伝わるようになったのが、『カタルシス』完成時っていうことなのかもしれないです。今思えば、もうその時から決めてましたね。次のアルバムは絶対に一枚でひとつの作品になっているものにしよう、それが伝わるように作ろうと」

――自分のメッセージを込めるだけんじゃなく、人に届きやすいものを作ろうと思ったということだね。

「そうですね。言葉はなんでもいいですし、それをサービス精神というならそうだと思うんですけど、楽しませないといけないなあとは思いましたね。メッセージが強ければ強いほど、天秤みたいに釣り合うほどにエンターテインしないと、メッセージが重くなっちゃうっていう。それはライブでも強く感じてましたね。人がメッセージを素直に聴いてくれる時って、やっぱりトリップしていないといけないから。高揚させるまで純粋に楽しませないと」


一番言われるのは、『AAAをやりながら好きなことを趣味でやり続けるみたいなのはかっこいいよね』みたいな。でも、趣味でやってることじゃない。

――サービス精神やエンターテインメントっていう言葉も正しいんだけど、もう一回言い換えるなら、ポップになったということだよね。

「ああ。はいはい」

――自分が必要なことを描き込むんじゃなくて、ポピュラーな存在、つまり、人にとってポップだと感じる作品を作ろうと、ある種作品を突き放して作れたと思うんですね。

「それはまさにそうですね。ポップであろうっていうのはすごく考えました。ポピュラリティーを得よう、多くの人から支持されたいっていうのは感じてましたし。やっぱキャリアスタート時からの一番の問題点は……偏見や色眼鏡にいかに晒されるかみたいな話なんですけど。これって二段階の罠があって。一段階目の罠はまず、『えー、でもどうせAAAの子でしょ』っていうのと、『えー、でもどうせヒップホップの人でしょ』っていう。どっちからも受け入れられない。二段階目の罠は、応援してくれてる人も『AAAなのに頑張ってていいね』とか、『ヒップホップなのに聴けるね』とか」

――なるほどね。

「『なのに』っていう。これ全部とっぱらうにはポピュラリティーを最も得るしかないって。そうなるにはジャンルで話されない存在になるしか、肩書きが必要じゃない存在になるしか勝利はないなあと」

――大胆な言い方になっちゃうんだけど、ポップになろうと思ったというのは、言い換えると、AAAよりもAAAらしいことを、日高くんはひとりで、SKY-HIでやろうとしているんだなと。

「あ、ほんとですね。そう言われるとそうかも。語弊を生みそうで、探りながら話すんですけど(笑)ポップスのグループであるAAAというのは、特にこういう時代だから、まあ、ぶっちゃけた話、楽曲そのものですべてを語られることっていうのはないんですよ。たぶんその中でAAAはポピュラリティーを得るためのぼんやりとした方程式みたいなものを、数年前くらいに確立することができて、それでやれてるから、正直、音楽によるポップセンスに頼る必要がなくなった。もうパーソナルのキャラクターでなんとかできるから。そういうことになった状態のAAAに対して、俺はやっぱり、今日何回目かになっちゃうけど、偏見とか色眼鏡を……(笑)」

――うん。いいよ。

「ともすれば一番言われるのは、『AAAをやりながら好きなことを趣味でやり続けるみたいなのはかっこいいよね』みたいな。でも、やっぱり趣味でやってることじゃないから。ラッパーでもシンガーソングライターでも言われ方はなんでもいい。ただ、一番売れた人になるために少しずつ頑張ってるっていう。正直、普通にやるだけだとそれこそAAAのお客さんも全然ついてきてくれない。ヒップホップのお客さんも全然ついてきてくれない。ロック畑をはじめ音楽好きっていう人も全然ついてきてくれないっていうところがスタートだったし。今もやっぱりみんながみんなついてきてくれてるかっていうと、それはちょっとまだね(笑)」

――そうだね。

「それこそAAAでいうところの西島(隆弘)だったら、西島がやることにはAAAのファンはやっぱりついていくから、それだけでスケールはやっぱり全然違うんですよね。でも、俺はその感じも全然なくて。たとえば俺が『未確認フェスティバル』の出身者だったら、音楽好きはたぶんスタートから注目してくれたと思うけど、俺は成り立ちが18歳の段階からどこでもないから。でもそれゆえにかな、自分の中で求心力が強くなれたのは。だからほんと感謝してます、うまくいかなかったすべてのことに対して。そこに貪欲にやれるのは、まあベタな言い方になっちゃうけど、たぶん、悔しい思いが大きかったからじゃないですかね(笑)。そこでルサンチマンに走らなかったのが一番誇りに思ってることかもしれないです」

――日高くんにとってリベンジする方法というのは、誰かに認められることでも、どの界隈に属することでもなくて、AAAという存在を受け入れ、AAAという存在を飲み込むほどのサクセスを収めるポップスターになるしかないよね。

「いやあ、でもよかったなあと。この人生を選んだ自分に対して感謝してます(笑)。だし、何よりも成功するっていうことしかゴールがないってことは、甘えられないから嬉しいです。たとえば日本武道館とか、もうちょっと大きいところで東京ドームをゴールにするとか、いろいろとあると思うんですけど。誰かが73億人があなたの音楽を聴きましたっていう賞状を持ってきてくれるのがゴールだとすると、イコール、ゴールねえんだなあって(笑)。今はステップを登るための道は見えている感覚があるので、あとはね、がむしゃらにやり続けるだけかな」


テキスト=小栁大輔

『ROCKIN'ON JAPAN』2016年11月号より一部抜粋
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