【インタビュー:MAN WITH A MISSION】狼たちの「素直さ」と“Hey Now”をジャン・ケン・ジョニー、語る

【インタビュー:MAN WITH A MISSION】狼たちの「素直さ」と“Hey Now”をジャン・ケン・ジョニー、語る

“Hey Now”って異質だと思うんですよ。でもこのバンドはそれに耐え得る存在になった
――例によってこちらで日本語訳しますけれども。“Hey Now”が生まれた経緯はどんな感じなんですか?

「楽曲そのものが生まれたのは実は結構前で。初めてクレジットに我らがDJサンタモニカさんが載ってるんですけれども、前々から彼のトラックメイキングを主体とした楽曲っていうのもちょっとやってみたいなと思って、2匹だけでよく遊びで作ってたんですよ。その中で、コンセプトとしては自分たちの血肉に流れてる、いわゆる90年代から2000年代のダンスロック――ロックとDJが融合した、ケミカル・ブラザーズだとかアンダーワールドだとかファットボーイ・スリムだとか、ブレイクビーツとロックとの融合でものすごく心躍ってた時代の音楽をよりバンドに特化させて作ってみようみたいな感じで作って。それをずっと温めてたんですけど、今回ブンブンサテライツの中野さんプロデュースの話が挙がった時に、もしプロデュースしていただくんだったらその曲を投げてみたいなっていうのがありまして」

――実際の制作はどうでした?

「単純に楽しかったですね。俺はもう、中野さんと作ってるものが楽しみでしょうがないというか、はい。絶対かっこよくなるに決まってるし、作品を作る時って、これはあって当たり前のことだと思うんですけれども、どこかしらの不満足と圧倒的な満足を両立させながらずっと進んでいくと思うんですけれども、そのストレスがビックリするぐらいないというか」

――メロディや歌詞はどのタイミングでできてきたものなんですか?

「メロディそのものは一番最初に作ったものから変わってないですね。構成、Aメロが登場する、Bメロが登場する場面はちょっとだけアレンジの段階で変わりましたけど、大本のメロディはまったく変わってないです。それをほんとに良いと言ってくれてそのまま使っていただいて、まあ、自分としても使いたかったですし、なんとなくロックの中でもちょっと無機質な、UKチックな匂いを感じるようなメロディラインでいきたいなあという、自分の中でのイメージが結構固まってたので」

――そういったルーツ感は今まで巧妙に出しつつも巧妙に隠しつつやってきたはずが、今回はストレートに出ていますね。

「そうですねえ、はい。メロディだったりっていうことに関して言うと、だいぶ素直に出てしまってるんじゃないかなあと思います。まあ、出す段階とタイミングというのもあるとは思いますし、出せるだけの自分たちの作品としての歴史というものも、ちょうど良いところにあるのかなあとも思いますので」

――それは今なら出していっていいということなのか、今は素直に出てしまうのか、どういう感覚ですか?

「出てしまうっていうほうが近いですね。ただ、作品を作れば作るほど出したくなるというか。やっぱりその時代だったりバンドの作るプロダクツを非常に考えた上で作り出してることに変わりはないんですけれど、いわゆる素の部分をさらけ出しても問題ないぐらい、バンドとしての体力がもう十分備わってるのかなあというふうにも感じますので。だから、じゃあ出そうかなって思って出すっていうよりは、出ちゃっても、もう全然問題ないというか」

――その流れはやっぱり『The World’s On Fire』からだなあという感じはしますよね。

「そうですね。制作自体はちょっと前だったんですけれども、ツアーで手応えみたいなものは感じましたね。この曲って異質だと思うんですよ。でもそれをツアー通して大勢のオーディエンスと一緒に共有していった時に、このバンドがそういうものに耐え得る存在になったんだなあというふうに自覚した瞬間がありましたね。人間誰しもカテゴライズしようとすると思うんですよ、MAN WITH A MISSIONってこういうバンドだとか、こういう音だとかっていうふうに。それとの追っかけっこじゃないですか、制作って。何か新しいものを出したいっていった時に、『これはちょっと変わりすぎじゃね?』とかなるんですけど、その追いかけっこに勝ってしまっているというか、それに耐え得るだけのバンドになれてるのかなあっていう」


一番大きな変化を見いだそうとして自分が考えついたのは、素直に出すということ

――おそらく、バンドの中でもジャン・ケンさんが一番強いと思うんですよ、ルーツへの思いは。だからジャン・ケンさんの作る曲っていうのがどんどん自分のルーツ、言い方を変えると自分の中の、曲が一番強い生まれ方をする場所に自覚的になっている印象を受けています。

「まさにそのとおりだと思います。見る人から見れば手を抜いてるんじゃないかというぐらいでしょうね(笑)。ここ1年半ぐらいはかなり素直なものを作ってるような気はしますね。でもありがたいことに、新しいいろいろな方々と共作したりとかして、方法論だとか、理論的なことは毎回見直されるというか。なんで俺この音楽好きだったのかな、なんでいまだにこの自分が好きなジャンルに可能性を見いだしてるのかなあとか、そういったことをすごく考えさせられる1年半だったのかなあと思いますね。それをやっていくうちに、実際に自分が作っていく楽曲も、ある意味めちゃめちゃ素直なんじゃね? っていうものになってるのかなと」

――それは何かきっかけがあったんですか?

「う〜ん……でもあれですね、どの作品をひもといても、やっぱり我々は、少しずつ変化させようだとか、ちょっとアップデートしようっていう心積もりで毎作品取り組んではいまして。すごい簡単な言葉に聞こえるんですけど、『原点回帰』って逆にすごい大きな変化だなって思い知った時期があったのかなとは思いますね。それこそ変化とかアップデートに集中すると、むしろその方法論自体がものすごくマンネリ化してしまったと感じた時期が1回あったんですよね。一番大きな変化を見いだそうとして自分が考えついたのは、素直に出すという。それは意外とやってこなかったのかなって」

――で、おもしろいなあと思うんですけど、そういう曲の作り方をしていくと、サビに具体的な言葉が乗らなくなるじゃないですか。

「そうですね、はい(笑)」

――ほんとに、まさに「ヘイ、ナウ」とか、概念的だけど本質的な言葉しか乗らなくなってきますよね。

「それはあるかもしれないですね。ここ最近一番僕がよく考えさせられるのは詞の部分だったりもするんですけれども、ほんとにいろんなことを考えさせられることが、特に海外のプロデューサー陣とかアーティストと共作してる時なんかはものすごく多くてですね。詞に対する考え方というか、いい言葉を選ぶとか美しい言葉を選ぶとか、いいメッセージを伝えるっていうことじゃなくて、詞そのものに対する構え方をもうちょっと考えようっていう。まさに今そういう時期なんですけども」

――それは感じますよね。

「ほんとにここ最近ずうっと考えてるのが、僕邦楽と洋楽どちらも好きなんですけれども、根本的にリリック、詞というものに関する解釈が、詞そのものじゃなくて詞という概念の解釈が、やっぱり全然違うんだなという。これはネタバレみたいなところもあってあんまり言わないほうがいいかもしれないですけど(笑)、なぜ洋楽はサビの歌詞が変わらないのかとか、なぜ洋楽はBメロすらも変わらないのか、なんで邦楽はあんなに変わるのかっていう、その原因をいろいろ考えたりとかして。それはもうやっぱり概念の違いなんですよね。ひとつの楽曲を通してストーリーを語る邦楽と、そうじゃなくて物事の真理を一番に解決するんだというか、当たり前だけどだからこそそこがサビなんだという洋楽と。逆に日本語の詞でそれができたらめちゃくちゃ強いんじゃないかなとか思う時もあったりね」

――“Dead End in Tokyo”についてもやっぱりそういう部分はあるんですよね。詞の在り方がとてもフィジカルになっている。何を言うかというよりもどの音をハメるかに近いというか。

「そうですね。これは楽曲そのものがパトリック・スタンプ(フォール・アウト・ボーイ)との共作だったので、まるで手法が違ったんですけども。まず詞ありきだったんですよね。発してる側のイメージをまず共有したいっていうことで、ひたすら僕とカミカゼ(・ボーイ)でパトリックから人生カウンセリングを受けてました(笑)。最初はこの人何やってんのかなと思ったんですけど、でもよくよく考えてみるとものすごく理に叶ってるなと思いましたね。結局発してる側の人生観に適した言葉を選ばないとものすごく薄っぺらくなるというか。もちろん背伸びすることも虚飾することも全然良いと思うんですけれども、じゃあどっちのほうがリアリティがあって説得力が上がるかっていうと、ナチュラルに考えたら発してる人たちのポテンシャルの中でものを作ったほうが、やっぱり密度の濃いリアリティになるんですよね」

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この記事の続編となる“Dead End in Tokyo”についてのインタビューは現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』3月号に掲載されています。

『ROCKIN'ON JAPAN』2017年3月号
http://www.rockinon.co.jp/product/magazine/143552
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