お笑いコンビの和牛が主役に迎えられたビデオであり、Thee Japanese Black Beefs(メンバーは和牛+め組)という架空のロックバンドの活動をめぐるドラマ仕立ての作品になっている。ビデオの中ではThee Japanese Black Beefs が“ござる”を演奏しているのだけれど、ドラマの主題はむしろ『僕だってちゃんとしたかった人達へ』というアルバムの主題とリンクするものになっていると言っていいだろう。
ここまで書き連ねてきたアルバムや楽曲のタイトルだけでも一目瞭然、菅原達也(Vo・G)の言語感覚はとてもユニークなところがあり、本人に話を訊いてみると「なかなか分かって貰えない」とこぼしていたりもするのだが、ニューアルバム『僕だってちゃんとしたかった人達へ』のタイトルがライブの現場で発表された時にはマジで震えた。現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』2017年11月号インタビューでは、このタイトルが生まれた経緯も語られているのでチェックしてみて欲しい。
言語感覚と同じくらい、ユーモラスでストレンジでマジカルなメロディの数々を生み出してきた菅原だが、ニューアルバムではタイトルからも明らかなようにラブソング集としてのエモさが爆発している。甘酸っぱい情景の記憶が開け放たれ、思いのすれ違いを渾身のメロディで繋ぎとめ、今にも失われそうな恋に焦って走り、そして残酷なぐらいの孤独感を剥き出しにしている。まるでラブソングを、生々しい解像度を誇る人生の記録として収めたアルバムだ。
これも菅原が以前に語ってくれたことなのだが、彼のソングライティングは所謂「詞先」というスタイル(歌詞を先に書くこと。曲を先に書くのが「曲先」)であり、しかも歌詞を書いたときにほぼメロディがついているのだという。ユニークな言語感覚なのにとてつもなくエモい、彼の歌の深みはそんなところから生まれてくるのだし、言葉と音楽が最初から、とても近い場所で生まれて来ているのだと感じた。
記憶を掘り下げて自我と向き合うことはとてもタフな作業であり、何なら世の中には、そういう痛みをなだめすかすためのラブソングだって少なくない。むしろそっちの方が一般的かもしれない。しかし菅原は、具体的に書き綴られた感情に最も効果的に働きかける音楽を掴み取り、奏で、歌っている。本当に必要な音楽の処方箋を、体で知っているからである。当然、誰にでも出来ることではないだろう。これは菅原の特別な才能だ。
曲者ぞろいの辣腕バンドメンバーたちも、あの手この手でソングライターとしての菅原を引き立て、或いは全力で菅原に挑んでいるアルバム。紅一点・出嶋早紀(Key)が初めてリードボーカルを務めた“あたしのジゴワット”も、痛快なインパクトを誇る1曲に仕上げられた。『僕だってちゃんとしたかった人達へ』というタイトルが引っかかった人はぜひ触れて欲しいし、め組というポップミュージックのワンダーランドを、思う存分探求して欲しい。(小池宏和)