つい先日の1月23日(日本時間)、今年のアカデミー賞の各部門ノミネート作品が発表された。気になる注目作がずらりと並んだ中、ここへ来て、映画ファンの間で特に関心を集めているのが、作品賞・主演女優賞をはじめ、計7つのノミネートを受けた『スリー・ビルボード』だ。オスカーの「前哨戦」と呼ばれるゴールデン・グローブ賞では、ドラマ部門の4部門を受賞済み。「本番」のアカデミー賞での快進撃にも期待が高まっている。
でも、正直、『スリー・ビルボード』というタイトルを聞いただけでは、「どんな作品なのか、さっぱり見当もつかない!」と、ちょっと困っている人も、実は多いはず……。そこで今回は、日本公開を直前に控えた今、この映画の何がそんなにすごいのか、4つの注目ポイントに分けて紹介していくことにしよう。
1.『スリー・ビルボード』は、3枚のビルボード(=広告看板)から始まる物語
ずばりタイトルのとおりだけど、『スリー・ビルボード』の物語は、3枚のビルボード(=広告看板)から幕を開ける。
舞台となるのは、アメリカ中西部ミズーリ州の田舎町。7ヵ月前、この町に住む中年女性ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)の娘がレイプされ、惨殺されるという悲しい事件が起こる。だが、その後も、犯人の捜査は一向に進まない。そこでミルドレッドは、道路沿いの巨大な看板の広告権を買い取り、町の警察署長(ウディ・ハレルソン)を名指しで糾弾する文句をデカデカと掲載する。
挑発的な看板を目にした保守的な田舎町の住民たちは、当然のことながら、衝撃を受ける。同情してくれる人もいれば、「警察の権威に対する挑戦だ!」と逆ギレして熱くなる人も。かくして、これまでは平和だった小さな町に、さまざまな事件が立て続けに起こり始めて……!? その先に待っているのは、誰にもまったく予想がつかない、サプライズだらけの展開だ。
2. 主演女優賞「当確」!? 『ファーゴ』の名女優の新たな金字塔
『スリー・ビルボード』の物語を突き動かしていくのは、“怒れる母親”ミルドレッドの歯に衣着せぬ言動の数々だ。愛する娘がレイプされ、惨殺されるという最悪の悲劇に見舞われた彼女は、看板以外にもあの手この手で警察を批判し、一向に進まない犯人捜査の現状を激しく糾弾していく。
でも、誤解しないようにーーミルドレッドは、ただの復讐心に駆られた「鬼ママ」ではない。映画を進むにつれて、観客は、ミルドレッドが激しい怒りのマスクの下に隠している「混乱」や「後悔」や「悲しみ」といった別の感情にも気づかされていく。そして、より深いレベルで彼女の本心を理解していくことになる。
このミルドレッド役を演じている女優は、フランシス・マクドーマンド。アカデミー賞の主演女優賞に輝いた96年の『ファーゴ』を筆頭に、『赤ちゃん泥棒』(87年)や『バーン・アフター・リーディング』(08年)など、コーエン兄弟監督作での度重なる“怪演”で、映画ファンにはおなじみの名女優だ。現在の下馬評どおり、もしも彼女が本作でアカデミー賞の主演女優賞を獲ったとすると、96年の『ファーゴ』以来、通算2度目の受賞という快挙になるのだけど、果たして、その結果は……!?
3. 主演だけでなく「助演」もすごい! 圧巻のアンサンブル演技合戦
『スリー・ビルボード』には、ミルドレッド以外にも、強烈な個性のキャラクターがわんさか登場する。中でも圧倒的な存在感を見せつけるのは、町の警察に勤務するふたりのキャラクターーー多くの町民から尊敬されている署長のウィロビー(ウディ・ハレルソン)と、その部下で、マザコンにして、露骨な人種差別主義者でもあるディクソン巡査(サム・ロックウェル)だ。
ネタバレになってしまうので詳しい紹介までは避けるけど、『スリー・ビルボード』の物語は、ある意味、娘のレイプ犯への復讐に燃えるミルドレッドと、このふたりの警官の「全面戦争」の物語だと言っても過言ではない。
先日発表されたアカデミー賞のノミネートでは、このウディ・ハレルソンとサム・ロックウェル、なんと両方がどちらも「助演男優賞」候補にノミネートされるという快挙を成し遂げた。長いオスカーの歴史の中でも珍しいケースだけど、逆に言えば、このふたりの演技がそれだけ「甲乙つけがたい」名演であることの証明でもあるだろう。
4. 注目の鬼才監督が紡ぐ、「ブラック」だけど、深い「人間愛」溢れる物語
『スリー・ビルボード』の監督・オリジナル脚本を手がけたのは、マーティン・マクドナー。もともとはロンドン出身の劇作家で、映画監督としては08年のコリン・ファレル主演作『ヒットマンズ・レクイエム』でデビュー。12年には同じくコリン・ファレル主演で、売れない脚本家の苦悩の日々をメタフィクション的に描く異色作『セブン・サイコパス』で話題となり、今回の『スリー・ビルボード』が通算3作目となる。
マクドナーの創作スタイルの特徴は、ブラックで、往々にしてバイオレントな展開が絡んでくる独特な「ユーモア」感覚。そして、登場人物のダークな感情へも容赦なく切り込んでいく、人間心理への深い「洞察力」の2点にある。
北野武やクエンティン・タランティーノらの作風と比較されることも多い監督だけど、本質的には決して誰のモノマネでもない、ワン・アンド・オンリーの個性を持った映像作家であり、今回の『スリー・ビルボード』は、まさにその集大成と呼ぶにふさわしい大傑作なのだ。(内瀬戸久司)
※『スリー・ビルボード』は、2月1日(木)より全国ロードショー。アカデミー賞の受賞作発表は、3月5日(日本時間)。