6月30日にNHKで放送された『猫にまた旅~椎名林檎・MIKIKO・西加奈子 ロシアを行く~』は、なんともうらやましい旅番組だった。それぞれ異分野で活躍する女性クリエイター3人が、ロシアのサンクトペテルブルクに旅に出て、興味の赴くままに音楽や文学、バレエなどの芸術を身近に感じたり、そこでしか味わえない食を堪能したり、また、番組タイトルにも入っているとおり、3人は猫好き(しかしMIKIKOは猫アレルギーでもある)ということから、街の猫カフェや、ロシアンブルーのブリーダー宅を訪ねたりと、実に様々な文化・芸術を楽しむ旅をしてきたのだった。とにかく貪欲に「行きたいところに行く」、「実際に見てみる」、「実際に経験してみる」というフットワークの軽さや、別行動も厭わないというスタンスは、大人の女性旅としては理想的でもある。プライベートでも仲が良く、それぞれの生き方をリスペクトし合う仲だからこその旅だ。
様々な場所を訪れる中で、MIKIKOは例えばマリインスキー・バレエ団の練習風景を見に行き、そこで活躍する2人の日本人女性に話を聞く。230年以上の歴史を誇るバレエ団の教育法や体の使い方のこと、そして何よりそこで頑張っている若き才能たちが、バレエにどのような思いで向き合っているのかということを感じ取る。さらには、ロシア人モデルの人気の秘密を知るために、市内のモデル事務所を訪ね、現役のモデルたちにインタビューするなど、自身の体を使って表現をする世界で生きる人たちの、生の声に耳を傾けた。そこには、MIKIKOの演出振付家としての純粋な興味が見え隠れする。
一方で、ドストエフスキーが晩年住んでいたというアパートを訪れて、西加奈子が、文学という創作に思いを馳せるのも興味深かった(その時画面に流れていたのが椎名林檎の“罪と罰”だったというのも洒落てる)。その後、文学カフェを訪れての3人の鼎談も実に優雅な画でありながら、西加奈子の語るエピソードが面白すぎた。彼女は以前、とある雑誌の中で、イタコに降ろしたドストエフスキーと対談するという、なんともぶっとんだ企画を受けたことがあったという。いかにも怪しげなそのイタコの「ドストエフスキー」に対して、西は「生前はどんな執筆の仕方を?」と質問すると、「片手にコーヒー、片手にタバコで書いていた」と答えたそうで、「それ両手がふさがってて、書かれへんやん」という、なんとも脱力な展開だったという。それをサンクトペテルブルクの由緒ある文学カフェで語るという、いやこのくだり、最高でした。
そして、なんといっても椎名林檎が、ロシアの民俗楽器、バラライカのバンドのリハーサルに潜入したところが、この番組のハイライトだった。バラライカと言っても、大きなボディが特徴的なコントラバス・バラライカや、高めの音を出す、コンパクトなプリマ・バラライカなど、それぞれに音色が違う。同じ3弦の弦楽器でも、ドムラという丸型のものもある。それにアコーディオンやソプラノサックス、ドラムを交えた6人編成のバンドが繰り出すロシア民謡のアンサンブルに耳を奪われる。「もっとジャズ要素の強い楽曲も聴いてみたい」と楽団にリクエストをすると、アバンギャルドなエッジの効いた楽曲を披露してくれる。じっと聴き入る椎名林檎の姿。その演奏力の高さとその場で聴き手の要求に応える対応力とに、彼女は横にいたMIKIKOと「ただ楽器を弾くだけじゃなくて、すごく大事なこと──私たちは、(リスナーの)お時間をいただいたら、そこで何を差し出せるかということを考えさせられる」と、しみじみ語り合うほどだった。最後は、そのバンドが椎名林檎の“NIPPON”をインストゥルメンタルでハイパーに演奏するというサプライズもあり、初めて生で触れる楽器の音やアンサンブルに、大いに刺激を受けたようだった。
そうしたことも含め、「こんな旅がしたい」、「こんな旅を一緒にできる友人がいたなら」あるいは、「旅で刺激を受け続ける人間でありたい」と思わせられた番組だった。最後に3人はそれぞれ、西「最高」、椎名「充実」、MIKIKO「夢のよう」と、今回の旅を締めくくった。早くも次回に行ってみたい国・街の候補が語られていたし、この番組のシリーズ化を望む視聴者の声も多い。とにかく無性に女同士、友だち同士で旅に出たくなる番組だった。(杉浦美恵)
椎名林檎・MIKIKO・西加奈子の特別で尊い女同士のロシア旅について
2018.07.02 16:30