これまでのback numberの恋愛ソングは、たとえそれが一方通行の恋だったとしても「相手」のことを描くものが多かったように思う。妄想の中ででも、ふたりの距離が縮まることを思い描いたり、まったく報われない片思いの中にも一縷の望みが見え隠れする描き方のほうが多かった。しかし今回の“HAPPY BIRTHDAY”の、何をどうしたってもう「片思い」以外の何物でもないこの歌詞は、そこにファンタジーの入り込む隙などないほど現実的だ。それがただただ切ない。《ああそうか そうだよな》の歌詞のやりきれなさ。この美しくも諦念のにじむ歌声は、単にポップミュージックとは呼べないほどにリアルだ。
2016年末には初のベスト盤『アンコール』をリリースして、大規模なツアーも行い、これまでのバンドの歩みを総括したback number。そこでバンドの持ち味とその受け入れられ方を振り返ることもできただろうし、ここからまたそれをブラッシュアップしていこうという思いに至るにも自然な流れだ。より深くラブソングというものを追求して思考していけば、そこには結局「自分」という「人間」の思いだけが残る。動かすことのできない相手の気持ちを思うとき、そこに残るのは希望ではなく、やりきれない自分自身だけだ。
こうした、ファンタジーではなく現実を描く姿勢は、“大不正解”あたりから地続きでつながっている清水の思考のような気もする。映画『銀魂2 掟は破るためにこそある』の主題歌として「友情」を描くにあたり、人間の内面にとことん向き合い、ダークな感情の上に成り立つものを表現した“大不正解”。ひとつの景色や物語を見せるだけの歌詞ではなく、もちろんタイアップの作品世界の断片を描くだけでもなく、そのテーマをもとに自身に深く向き合うことによって生まれる歌詞。そんなイメージ。そう、もともと与えられたテーマをもとにして、より深く「人間」を描いているのだ。“HAPPY BIRTHDAY”も、恋愛ではなく人間を描いているからこそ、これほど孤独で寂しい気持ちが湧き上がるのだ。もはやこれはただの恋愛ソングではない。
これまで、恋愛ソングの王道をいくback numberと激しいロックサウンドで内面を見つめるような楽曲を突きつけるback numberと、その二軸がバンドの魅力であると捉えてきた。でももしかしたら、そうした二項対立的な見方はもうback numberに関しては無効になりつつあるのかもしれない。清水依与吏の中に存在するそれぞれの思考が境界をなくして、「恋愛ソングとしてのback number」とか「ダークなロックサウンドで攻めるback number」とか、そんな区分けは意味をなさなくなってきているような気もしてきた。この曲をただの王道失恋ソングと思って聴くと、本質を見誤ってしまうと思う。ということをこの曲を聴いて感じたので、ちょっとダラダラと直感的に思ったことを書いてしまったけれど、サウンドにしても、ただただドラマチックに盛り上げるのではなく、バンドのサウンドもストリングスのアレンジも、すべての音が歌詞に寄り添っているかのように洗練されている。だからよけいにこの「歌」が、人間の深く沈む思考を描いたもののように聞こえてくるのだ。(杉浦美恵)