ビリー・アイリッシュのデビュー・アルバム『ホエン・ウィー・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥー・ウィー・ゴー?』が3月29日にリリースされ、Apple Musicで80の国と地域で1位、iTunesで60の国と地域で1位を獲得するなど、大きな話題を呼んでいる。
同アルバムにて全米・全英アルバムチャートでも1位を獲得することが予想されているビリーだが、「Billie Eilish Is Not Your Typical 17-Year-Old Pop Star. Get Used to Her.」と題された記事が「The New York Times」に掲載。そこではビリー自身、そして関係者や家族の言葉から音楽との出会いが振り返られ、「世界最大のアーティスト」へと着々を歩を進めているその勢いを感じ取ることができる。
以下に翻訳を掲載する。
ビリーのビジネス・チームやレーベルのボスと話す時、必ず繰り返し聞かされる言葉がある。それは「世界最大のアーティスト」というフレーズだ。しかも近い将来の目標として、本気で語られるのである。娘がビリー・アイリッシュに夢中になっているというデイヴ・グロールは、彼女のことを自身のかつてのバンドと比較するしかなかったほどだ。先日行われたある音楽業界の会議で、「1991年にニルヴァーナに起こったのと同じことが、今、彼女の身に起きている」とデイヴは語り、カテゴライズ困難なビリーの音楽を「ロックンロールはまだまだ死には程遠い」証拠として取り上げていた。またヒップホップ・プロデューサーのティンバランドは、今年、そして来年は、手を伸ばしさえすれば彼女のものになると述べている。
「限界が全く見えないんだ」と語ったのは、アイリッシュのマネージャーの1人であるブランドン・グッドマンだ。プレッシャーはない。
「このアルバムをどれほど出したくてたまらないか、言葉にならないほどよ」と、アイリッシュは今月初め、実家の小さなキッチンで語っていた。冷静沈着ではあるものの、彼女はまだまだ全くのティーンエイジャー。エイサップ・ロッキーの靴を履き、片足だけテーブルに乗せている彼女の指には、一本残らずゴシックの指輪が嵌められている。アイリッシュの語り口はまるで、Instagramのキャプションを生で聞いているようだ。全てが、「ファイア」(=最高、アツい)もしくは「トラッシュ」(=最低、くだらない)で、彼女は常に「デッドアス」(=本気)である。
彼女の見た目は、『HYPEBEAST』の注目記事そのもの。写真では笑顔を見せることはめったにないが、大抵はUFOのようなアイスブルーの瞳から、刺すような視線を投げかけてくる。アルバムの発表に先駆けて、自身の型破りな思春期を振り返りながら、これまで様々な注目を集めてきたことにより、メインストリームへと乗り込むに当たっては、いよいよ本格的なギアチェンジが行われることになるという事実を、アイリッシュは受け入れていた。
「割と長いこと、どこかに出かけても、私が誰なのか知られずに済んでいたのよ、例えばコストコとかに行ってもね。色んな場所に行っては、まだ自分は有名でも何でもないんだって、自分を納得させようとしてた」。 しかし、彼女が匿名でいられる残り時間はもうほとんどない。この前日、彼女は家まで2ブロック歩いている間に4回周りに気づかれており、迫り来る現実を受け入れざるを得ない状況に追い込まれていた。「私には、他に選択肢はないのよ」と彼女は言う。「文字通り、そうせざるを得ないってことね」。
この20年の間には、急速にスターダムを駆け上がって行った早熟なティーン達が、アイリッシュより前にも様々いたが、そういった人々とアイリッシュとを区別する要素は2つあると、アイリッシュおよび彼女を支えるチームの大人達は考えている。つまり、自主性と家族のサポートだ。 ロードや、ラナ・デル・レイ、ホールジーだけでなく、ブロックハンプトン、オッド・フューチャー、ザ・ウィークエンドらが切り開いてきた道を足場にしつつ、新たな何かを築き上げているアイリッシュ。彼女はアーティストであると同時にクリエイティヴ・ディレクターでもある。音楽、ビデオ、ソーシャルメディア、そしてステージングに統一感を持たせ、その流れを通じて、ファンが夢中になれるような重構造の世界を、彼女自身の手で創り上げているのだ。
音楽的には、今世紀に生み出されたインターネット先行のアイディアのほとんど——つまり、EDMのドロップや、孤独な少女が自室で行う告白、SoundCloudラップ——を、ポップに響き、ヒップホップのように流れる、エッジーかつジャンルに捉われない(だがプレイリスト向きの)フュージョンとして融合。アイリッシュの場合、突週したシングルを1枚出す代わりに、8つの異なる曲がSpotifyで合計1億4000万回数以上プレイされている。 彼女が要求するのは、ほぼ完全な指揮権だ。
「楽にやろうと思えば出来るんだよね。例えば、誰かに着る服を選んでもらったり、他の誰かにビデオのアイディアを考えてもらったり、他の誰かにそれを監督してもらったりして、自分は全く関わらないでいるってことだって可能だし」と、アイリッシュ。「他の誰かに曲を書いてもらったり、他の誰かにプロデュースしてもらって、私は何も意見を言わずにいたり。他の誰かに私のインスタグラムを運営してもらったりとかね」。「そうしてほしいと私が思えるなら、全てがもっと簡単にいくんだろうな。でも、私はそういうタイプの人間じゃないし、そういうタイプのアーティストでもない。それに、その手のアーティストになるくらいなら、死んだ方がましだもの」。
またビリー・アイリッシュは、色々な意味で「家族経営事業」でもある。アイリッシュの曲は、彼女と21歳の実兄フィネアスが作詞作曲とプロデュースを手掛けており、フィニアスは、しばしば彼女の前座やバックバンドも務めている。2人は両親と離れたことがほとんどなく、ほぼ全ての楽曲を、良い具合に雑然とした実家の子供部屋でレコーディング。母マギー・ベアードと父パトリック・オコンネルの両者は俳優で、端役や、地域劇場、吹き替えやナレーションなどの仕事で、長年苦労を重ねてきた。
近年、ベアードはアイリッシュのアシスタントとしてツアーを回っているが、実際には彼女のチーフ・スタッフであり、母であると同時に、マネージャー的な役割も(無償で)担っている。大工仕事や手仕事もしていたオコンネルは、現在ツアー・クルーの一員で、少人数で回していた時代にはバンの運転手を務めており、現在は照明ディレクターを担当している。それでもどういうわけか、いわゆるステージ・ママ/パパによる抑圧といった不安の種は、全く見受けられないようだ。
とはいえ、Instagram時代のパートリッジ・ファミリーとも言えるこの一家に、計画的な部分が全くなかったというわけではない。オコンネルによると、子供達がホームスクール(*米国で公式に認められている教育方法で、学校に通わせずに自宅で学習させる)で教育を受けることになった理由の一つに、フィネアスが誕生した年に、3兄弟から成るハンソンが“MMMBop”で大ヒットを飛ばした件があった。
「あの3兄弟に、完全に圧倒されてしまったんだ」と、回想するオコンネル。「彼らは宗教的に熱心なオクラホマの家庭でホームスクールの教育を受けていた。にもかかわらず、だったからね。明らかにあれは、子供達が興味の対象をとことん追求するのを許されたおかげで起きたことだったんだ」。
ベアード自身は音楽家として大成したわけではなかったが、結局のところ、ビートルズなどを試金石として用いながら、2人の子供に初心者向けの作詞作曲の授業を行うようになっていた。そして子供達は概ね、自らの情熱に従うことを奨励されていたのである。大学進学が彼らの目標だったことはない。(また彼らはベジタリアンとして育てられ、フィネアスが10歳頃になるまでは4人家族用のベッドで眠っていた。より最近では、ベッドルーム2室と風呂場1室という間取りの自宅で、両親が自室にしていたのはリビングルームであった)。
当初、ダンスや乗馬、そして歌に興味を持ったアイリッシュは、ロサンジェルス・チルドレン・コーラスに参加し、歌を歌っていた。だが本質的にD.I.Y.唯美主義者である彼女は、やがて自ら複雑なプロジェクトを考案。友達を集めては、衣装や小道具を一から作るようになった。「信じられないくらい、あれこれ皆に指図してたのよね」と語るアイリッシュ。 (彼女の生涯の友人であるゾウイ・ドナヒューが、そばでこう声を掛けた。「彼女はただ、自分が何を求めているのか分かっていただけよ」)。
最初に音楽に情熱を傾けたのは、フィアネスだ。しかし彼が自身のバンドのために書いた“Ocean Eyes”を歌ってもらおうと、当時13歳だったアイリッシュに協力を要請した瞬間から、一家の人生は一変。兄妹がそのトラックをSoundCloudにアップロードしたのは、アイリッシュのダンス教師に振り付けをしてもらうためだったが、そこから人気に火がつき、非公式なリミックスやアルゴリズムの魔法に煽られる形で、業界からの注目が拡大したのである。
2016年夏までに、アイリッシュは<ダークルーム>(Darkroom)と契約。元々マーケティング会社として立ち上げられ、28歳のジャスティン・ラブライナーが運営している同レーベルは、<インタースコープ>(Interscope Records)と提携関係にある。インタースコープの最高経営責任者であるジョン・ジャニックは、アイリッシュについて次のように回想していた。
「彼女のスタイル感や、考え方、話し方——とにかく彼女については、何もかもが誰とも違っていたんだ。特に彼女は、14歳とは思えない強力な視点を持っていたよ」。彼女を「新種のポップスター」と考えていたライブライナーは、セレーナ・ゴメスやカミラ・カベロのような、より伝統的なシンガー達との競い合いには無関心であった。
R&B風味を微かに帯びたインディー・ポップとして、滑らかに流れる“Ocean Eyes”。アイリッシュのチームは、この曲をTop40ラジオ局にプッシュするのではなく、よりじっくりと、そしてより慎重に事を運んでいこうと誓った。「曲を一人歩きさせたいとは思っていなかったんだ」とグッドマン。彼はダニー・ルカシンと共同で、アイリッシュとフィネアスのマネージャーを務めている。 「アーティストとしての等身大のビリー以上のものを、我々は決して求めてはいなかった」。
単発の楽曲がストリーミング配信で着実に人気を得て急速に広まって行くのを受け、翌17年夏、同レーベルは9曲入りEP『Don’t Smile at Me』をリリース。ラッパーの場合、インターネット先行でトラックを発表し、ラジオが後から追いつく場合が(もしくは追いつかない場合も)しばしばある。だが全体論で言えば、ストリーミング先行という方針は、ポップ界の有力新人にとっては当時ほとんど前例のないことであった。
「この2年間、周りからよくこう言われたよ、『おいおい、こいつはどこからともなくやって来て、突然頭角を現したな!』とね」と、グッドマンは語る。その過程で、アイリッシュは当初見込まれていたよりも、遥かに不可思議で個性的なアーティストへと成長を遂げた。彼女の声は天使のようにピュアである一方、彼女の書く歌詞のテーマは、例えば連続殺人鬼や、支配、ベッドの下の怪物など、不安に満ち、荒涼としている。また彼女の新しいアルバムでは、不安定なビートや、耳障りな回音、不気味な効果音が好んで用いられ、それがソーシャルメディアや彼女のビデオにおける映像的な美学と共に、シームレスに流れていくのだ。
絶望感の漂う『アメリカン・ホラー・ストーリー』的な美学へと、向きを鋭く変えたアイリッシュ。彼女は眼窩から漆黒の血を流し、タランチュラを顔に這わせ、手荒く扱われ、姿の見えない何者かから何本もの注射針を刺される。そこから掻き立てられるイメージは、テイラー・スウィフトやケイティ・ペリーというよりも、ナイン・インチ・ネイルズやマリリン・マンソンといったショック・アーティスト達のイメージだ。
決定的なのは、アイリッシュがラップの世界からも、時には漫画的とも言えるアウトローなエッセンスを——実際にラップを試みることなく——吸収しているという点だ。 自己提示の手本としてアイリッシュが挙げているのは、タイラー・ザ・クリエイターや、チャイルディッシュ・ガンビーノ、そしてインフルエンサーのブラッディ・オシリスら。そして彼女の音楽には、強制ではなく自発的に、現在では至る所で用いられているトラップ・プロダクションの要素が取り入れられている。
「皆、ヒップホップを称えるべきよ——今は世界中の皆がね」とアイリッシュ。「どんな音楽をやっているのであれ、皆ヒップホップの影響を受けているんだから」。
それでも彼女は、精神的に安定したティーンエイジャーであり、彼女のリスナーの中心は若い女性達だ。彼女はそんなリスナー達に、現代の様々な事象に対する抵抗や反発について、独自の視点を提示。最新アルバムの中でも特に傑出している曲“xanny”では、SoundCloud世代の人々が依存している薬物——精神安定剤や医療用麻薬の鎮痛剤——について、懸念と軽蔑を含んだ態度で取り上げている。「ドラッグなんてなくたって私は気分良くなれる」と彼女は歌う。「私にドラッグなんて渡さないで、今もこれからも絶対に」と。
既に人々の手本になっていることについて、彼女は淡々とこう述べている。「そういう責任については完全に認識しているし、そのことに関しては確かに考えてる」とアイリッシュ。「でも、それによって私という人間が変わることはないな」。
これまでのところ、彼女は大体において、悪評が口コミで素早く広まるインターネットの世界で、落とし穴に引っかかり炎上してしまうといった状況に陥らずに済んできた。そういった悪夢を見たことがあると、かつて語っていたアイリッシュ。しかし名声が高まるにつれて、監視の目はより細かく厳しいものとなり、最近、“wish you were gay”という曲をリリースした際に、彼女はその一端を味わっている。(同曲の一節は次の通り:「あなたが無関心な理由を説明してみる/私のこと、タイプじゃないなんて言わないで/ただ私があなたの性的指向に合わないだけだって言ってほしい」)。
その件で小規模の反発を受け、「私としては、本当に精一杯の努力をしたのよ」と語るアイリッシュ。 「侮辱を意図したものじゃないってことは、一目瞭然だと思ってた。だけどそれが、人々が敏感になる単語だということは、私も理解してるわ」。
彼女がより気色ばんだのは、昨年殺害された若きラッパー、XXXテンタシオンとの友情について言及した時だ。彼は以前、DVの加害者として申し立てを受け、強く非難されていたからである。この話になった途端、キッチンにいた彼女の母親が、冗談交じりではあるが、別室にいるアイリッシュの広報担当者に呼び掛けた。「私は亡くなった人を追悼出来るようでありたいし、それを恥ずかしいことだとは思いなくない」とアイリッシュ。XXXテンタシオンの死を受け、ライヴで楽曲を捧げたアイリッシュは、次のように述べている。「亡くなった人への愛を示すことが、憎まれることに値するとは思わない」。
この発言についても、指示を与えようと口を挟む者はいなかった。 家族によって彼女は常に脇を固められているがが、今後数カ月の間に自身の人生が変わり続けていくことは彼女も予期しており——質問はより厳しく、期待はより大きいものとなり、プライバシーはより少なくなることに——多少うんざりしてはいるものの、自分は逞しくなったと感じている。
以前、兄のフィニアスは、妙に現実離れしたアイリッシュのブレイクについて、「周りに左右されない自律的なものだし、もの凄い速さで前に進んでいる。そして僕らは全員で、それに取り組んでいるんだ」と評していた。そこで相槌を打つのは、彼女の父だ。「これは電車や川の流れと同じ。あるいは竜巻だね。物凄い勢いで、皆で一緒に飛んでいるんだよ」。フィニアスがさらにこう言い添える。「だけど危機を脱しようとするよりも、安全に旅を進めて行く方が、遥かに簡単だと感じるね」。
アイリッシュもその見解に同意。彼女はその瞬間瞬間に集中して取り組むと同時に、常に全体から物事を眺めていると言う。そして特に彼女を突き動かしているのは、コンサートがどんどん大規模なものになっていく兆しを見せていることだそうだ。ファンにとって彼女のコンサートは、今や宗教的な経験に近いものとなっている。彼女は神経質そうにライターに火をつけて、前のテーブルの上に置いてあるサボテンの先端を少し焼いた。
「今いるこの場所が、私の正念場だってことは実感しているけどね——つまり、ここ一番の時だってこと」と彼女。「これがいずれ古き良き時代になるってことね」。
●リリース情報
ビリー・アイリッシュ『ホエン・ウィー・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥー・ウィー・ゴー?』
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