SEKAI NO OWARIの表現がファンタジーを超越した理由をさいたまスーパーアリーナ公演に見た

SEKAI NO OWARIの表現がファンタジーを超越した理由をさいたまスーパーアリーナ公演に見た
前作『Tree』からの、そして日産スタジアムでの巨大ライブ「Twilight City」からのSEKAI NO OWARIの約4年間が何であったのかがはっきりと伝わってくるライブだった。
最新アルバム『Eye』『Lip』のレコーディングは、Saoriに子供が生まれて、育児と並行することになった。
SEKAI NO OWARIは言うまでもなくメンバー全員が音楽活動の中に生活の多くの時間とエネルギーを注ぎ込んできたグループであり、Saori自身も、生活の変化によって自分とメンバーと音楽のバランスが変わっていくことを不安に思ったようである。
しかし2枚のニューアルバムと、今回のツアー「The Colors」が教えてくれるのは、それもSEKAI NO OWARIがよりSEKAI NO OWARIになる重要なきっかけになったということだった。
Fukaseは、Saoriに子供ができたことに加えて、年齢を重ねて周囲の友人にも子供が生まれたりして、その子供たちとの触れ合いが大きな経験となったことを語っていた。

今のSEKAI NO OWARIは、この約4年間を『Eye』『Lip』という2枚のアルバムにまとめることを通じて、残酷さも優しさも、体温がそのまま伝わるような「愛」の表現として伝えられるようになった。
描くテーマ自体が大きく変わったわけではないし、彼らにしか想像できないような凝った演出は散りばめられているので、変わらず彼らの音楽にファンタジーを感じる人もいると思うが、僕は特に今回のツアーを見て、SEKAI NO OWARIの表現がファンタジーを超越して今までにないリアリティを手に入れたと感じた。
日産スタジアムというスケールまで上り詰めて以降を模索していたSEKAI NO OWARIは、子供たちのまっすぐな感情(あえて無垢とは言わない)に触れながら、メンバーが子供を育てるという初めての経験に直面する時間の一部も共有しながら、残酷さも優しさもこの世界を生き抜く一つの「愛」としてリアルに表現できるようになった。
あまりにもSEKAI NO OWARIらしい成長の仕方で、全く新しいSEKAI NO OWARI
を見せてくれたことにとてつもない感動を感じた。(古河晋)
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