特別企画! ロッキング・オンが選んだ「2010年代 究極の100枚」からTOP20を発表!(13日目)


2020年を迎えて早くも初夏に。パンデミックの影響で巣ごもりの時間が長引くなか、音楽を心の拠りどころにする人も多いことでしょう。そこで、ロッキング・オンが選んだ「2010年代のベスト・アルバム 究極の100枚(rockin’on 2020年3月号掲載)」の中から、さらに厳選した20枚を毎日1作品ずつ紹介していきます。

10年間の「究極の100枚」に選ばれた作品はこちら!


2016年
『レモネード』
ビヨンセ



2010年代の“フリーダム”を探して

この『レモネード』が2016年にリリースされる少し前の時期、セレブ・ゴシップの世界では、ジェイ・Z&ビヨンセ夫婦の「不仲説」の話題で持ち切りだった。原因はどうやらジェイ・Zの浮気で、ビヨンセは激怒していて、彼女の次作は「離婚宣言アルバム」になっちゃうかもしれない……!? などという噂がまことしやかに囁かれていたのだった。

で、実際はどうだったのか? 13年の『ビヨンセ』(これも傑作だったけど!)以来3年ぶりの新作として発表された本アルバムには、確かに「男女関係の危機」というダークなテーマの曲がずらりと並んでいた。怒り。混乱。後悔。孤独。悲しみ――ビヨンセは、それらのネガティブな思いと真正面から向き合い、いつになく感情を剥き出しに歌っていた。

でも、『レモネード』は「離婚宣言アルバム」ではなかった。むしろ、その逆であり、そこが本作のとんでもなくすごいところだった。ビヨンセは、自らの身に降りかかった悲劇のストーリーを2010年代の世界に生きる人々――特に、これまで長年にわたって多くの困難を背負わされてきたアフリカ系アメリカ人の女性たち――の歴史とシンクロさせ、より巨大なスケールの寓話へと昇華させた。

ここに収められた歌は、ビヨンセの物語であると同時に、彼女の母親の物語でもあり、さらには祖母の物語でもあった。多くのにわかファンが無責任に予想した「離婚宣言アルバム」の代わりに、ビヨンセが作り上げたのは、「赦しと再出発」を最終目的地とするコンセプト・アルバムだった。過去の間違いを受け入れること。そこから教訓を学んで、再び手を取り合って、もう一度、前へ前へと進んでいくこと――『レモネード』は、2010年代最強の「ソウル・ミュージック」であった。

本作回りでもうひとつ思い出しておきたいのは、アルバムと同じタイミングで発表された「ビジュアル・アルバム」の存在だろう。各曲のMVをビヨンセ自身が全11編のチャプター仕立てに再編集した計65分間の「中編映画」は、途中でマルコムX出演のドキュメンタリー映像なども挿入され、アルバム全体のテーマをわかりやすく整理整頓してくれている上に、アートな映像詩作品としても超一級品のクオリティ。2010年代の「ベスト音楽ムービー」を選ぶのなら、真っ先にノミネートしたい大傑作である。(内瀬戸久司)