追悼エディ・ヴァン・ヘイレン――絶頂期インタビュー記事や徹底論考、完全ディスコグラフィー、そして来日メモリアル・レポートでアメリカン・ハードロックの王者の足跡を辿る!

追悼エディ・ヴァン・ヘイレン――絶頂期インタビュー記事や徹底論考、完全ディスコグラフィー、そして来日メモリアル・レポートでアメリカン・ハードロックの王者の足跡を辿る!

「ロックンロール、僕はそれしか知らない。みんなは学校行って生活のために働いてるけど、本当はロック・スターになりたいみたいだ。
僕はそんなものになりたいなんて一度も思わなかった。『ギター弾くの大好きなんだ、ロックしたい』、ただそれだけ」


ハードロックは演奏者のガッツを山盛りにした音楽スタイルを特徴としている。作品には、独特な、そして、非常にシリアスな世界観があり、そこに存在する先の見えない濃密なダークさは、錬金術で言うところのニグレドの反応を彷彿とさせる。

つまり、ハードロックとは、全くもって笑顔が似合わない音楽であり、太陽が燦燦と輝くフィールドよりも、星のない暗黒の夜の方が、その正体を見せやすいという本質を持っている……。

こういった歴史的既成事実を粉々に打ち砕き、さらに、逆方向に大きく舵を切って、尚、ハードロックとして成立させたバンドが存在している。

あのヴァン・ヘイレンである。

1978年6月に実現した初来日公演では、バカバカしいほどに健康的なパフォーマンスを見せつけ、グランド・ファンク・レイルロードすらも裸足で逃げ出してしまうほどの爆音で我々を幻惑し、そして、エディ・ヴァン・ヘイレンが繰り出す、観たことも聴いたこともないようなギターのテクニックは、悲しいことに、3大ギタリスト時代の終焉をダイレクトに宣言していた。

革命的なことを、終始、自然体の笑顔で実践してきたのは、エディだけではないか。さらに言えば、彼のその笑顔の質は、現在に至るまで、まるで“少年”のような眩しさを湛えていた。

冒険と挑戦に心を弾ませて、キラキラと瞳を輝かせていた時代は、誰にでもある。エディが終生その煌めきを失わなかったという事実を顧みれば、やはり、彼は選ばれし人物だったのではないかと思う。

ギターのテクニックやサウンドの開発者という側面で語られることが多いのはよく判る。しかし、素晴らしいソングライターとして、数々の名曲を残し、そして、ロックの入門者たちを導いていった功績について、あまり語られていないのは何故か。

個性の強いボーカリストが、入れ替わり立ち代わりバンドの顔になってきたが、彼が本当にいい曲を作り続けてきたからこそ、バンドはどの時代も成功できたのではないか。そういう視点から彼の活動を考えてみることも必要である。

ブリティッシュ・ロックへの底なしのジェラシーが、模倣に走るアメリカン・ハードロック・バンドを定型化させた時代は、ヴァン・ヘイレンの登場で終止符を打つことになった。

そして、暗いイメージだったロックを、湿度の少ない、明るい世界に引き出したエディは、世代を超越したファンを、アリーナへと連れ出していくのである。(伊藤政則)



また、ヴァンヘイレンの巻頭特集には、以下のコンテンツが掲載されている。

★王者の風格を見せつける、1988年ロング・インタビュー
★キャリアの原点、1978年のエディ初インタビュー
★徹底論考 : ヴァン・ヘイレンとは何だったのか?
★全14作品 完全ディスコグラフィー
★来日公演メモリアル・レポート “1978-2013”

『ロッキング・オン』最新号のご購入は、お近くの書店または以下のリンク先より。


追悼エディ・ヴァン・ヘイレン――絶頂期インタビュー記事や徹底論考、完全ディスコグラフィー、そして来日メモリアル・レポートでアメリカン・ハードロックの王者の足跡を辿る! - 『rockin'on』2020年12月号『rockin'on』2020年12月号
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