数々の有名アーティストを輩出してきた音楽塾ヴォイス出身、今年9月に突如としてYouTubeに自身の楽曲をアップし始めたシンガーソングライター・松田今宵。
想い人に届かない言葉をひとり抱き締める夜や、「好きな人の好きな人」に対する負の感情、喜ばしいものであるはずの「誕生日」の前日に感じる「年齢を重ねることへの焦り」など、生活の狭間にするりとこぼれ落ちてしまう「想いのかけら」を丁寧にすくい上げて歌にするアーティストだ。
クリアでありながらどこか影のあるボーカル、子音にアクセントがくるような英語的な歌唱も印象的だけれど、特筆すべきは構築的な美しいコーラスワーク。メロディと並走したり逸脱したり、言葉を伴ったり音として響いたりしながら、あらゆる感情のひだに繊細に織り込まれてゆく。
YouTubeで確認できる最初の曲“底で踊ってる”は、抑制の効いたトラックの上下左右に不思議な音が並ぶ環境音楽のような曲だ。《あの曖昧な あの柔らかな あの温もりが/すごく好きだったよ/感じられないから 言えないことだらけで/胸が張り裂けそう》という悲痛な叫びが、モールス信号のような細切れのメロディ/単音のピアノ/焦燥感を煽る息遣いで縁取られたDメロでは、Jポップシーンのどこにも存在していない彼女だけの音像を届けている。
そのまま前衛的な表現スタイルを持つアーティストとして活動していくこともできたはずだけれど、松田今宵は今年9月からポップスのフィールドで戦っていくことを選んだ。この秋に立て続けにリリースされた2曲は特にポップミュージックとしての精度が高く、Jポップの王道を行くコード進行に軽快なメロディが乗った“甘じょっぱい”と、洋楽ライクなメロディをマーリン・ケリーのベースとboboのドラムが推進していく“西日暮里の緑”は、洋邦それぞれの方向へとポップに開けていく快作だった。
その先で待っていたのが、12月15日にリリースされた“Smoky Baby”。サビのメロディは前述の2曲に通ずるキャッチーさがあるけれど、それだけでは終わらないのが松田今宵である。2番のBメロの音数は極端に少ないし、サビには重たいコーラスがずっとまとわりついているし、ラスサビにはノイジーな音処理が施されていて、ただのJポップには落ち着かないアイデンティティーは“底で踊ってる”から全く変わっていない。全体の音像はいびつなのに、《今日が曇りで/良かったよね 晴れていたなら/笑っていないといけない気がする》というこの曲のメッセージにはとても似合っていて、4分半の物語に耳を預けているとそんな曇り空のような心が自然と温められているから不思議だ。
「私自身も変わっていくから、たぶん3年後とかには全然違うふうになっていると思うし、そのときの自分の肌に合うものを作り続けていくんじゃないかなと思います」とインタビューで語っていた松田今宵。彼女の肌が次に求める布はどんな素材でどんな色合いなのか、続く新曲が今から待ち遠しい。(畑雄介)
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あの音楽塾ヴォイスが生んだ新たな才能・松田今宵。美しいコーラスが織り込まれたあたたかな毛布のような新曲“Smoky Baby”を聴いた
2023.12.25 14:00