今週末にいよいよ限定公開されるブラーのドキュメンタリー映画『NO DISTANCE LEFT TO RUN』(詳細はhttp://ro69.jp/news/detail/28819)。郊外エセックスの風景から始まるこの映画は、ブラーが初めて行ったライブの様子から数々の歴史的事件、傑作の裏側、みたことのないシーンなどなどを、メンバー本人たちの率直な証言を交えながら綴られた、素晴らしいバンド・ヒストリーとなっている(予告編はこちらからhttp://www.blur.co.uk/)。
ブラーは、昨年の夏、再結集してライブを行った。数回のウォームアップ・ギグからグラストンベリーのヘッドライナー、そしてハイド・パーク。再結集に沸きあがった夏の風の中を彼らは一気に駆け抜けて、以降、ぴたりと動かなくなった。デーモンは「あの夏以来、もうブラーのことは考えていない」と発言している。
以前書いたように(http://ro69.jp/blog/miyazaki/27167)、この再結集の意味は、ブラー自身によるブラーの完結だったと思う。だから、「その後」はもうないのだ。しかし、それはなぜ行われなければならなかったのか、どのように果たされなければならなかったのか、そのことについてはよく見えてこなかった。けれど、このドキュメンタリーを観て、それがくっきりとわかった。
このドキュメンタリーは、ブラーの歴史を時系列にそって追っていく。この再結成のひとつのハイライトとなったグラストンベリーでの模様が最後に映し出される。そこで「Tender」が演奏される。「Oh My Baby Oh My Baby」。当時、ジャスティーン・フリシュマンとの別離に悲痛な状態にあったデーモンによるこのナンバーは、グレアムのそんな短いリリックが添えられて完成したことは有名な話である。その曲が、グラストを埋めた雲海のごときオーディエンスによって、いつまでもいつまでも合唱されていくという非常に感動的なシーンが収められている。しかし、もっと感動的だったのは、その後、ほんの数秒ほど挿入された、デーモンの姿だ。まだ公開前なので詳しくは書かないけれど、その姿はぜひ劇場なり、今後リリースされるDVDで確認してほしい。なぜなら、それがブラーがブラーを再結集させた理由だったからだ。そしてもっと言ってしまえば、その光景こそが、ロックにおけるもっとも崇高で聖なる瞬間だからだ。
その光景。それはつまり、歌が救うということである。そのとき、ブラーは、自分たちが作った曲によって、いや、その曲を誰だか知らない大勢の他人たちが歌うその様によって、救われたのだ。
そして、その救いを得て、4人がそれぞれに実に素晴らしい表情をしながらハイド・パークのステージに向かうシーンで、このドキュメンタリーは終わる。こんなにパーフェクトな完結など、ない。
けれど、なぜブラーはそのような救いが必要だったのだろう? そのことについては、また近々書こうと思う。
