クリストファー・ノーランは『インセプション』で『ダーク・ナイト』に続き絶望を告発した
2010.07.20 19:30
先週末の全米映画興行収入で大方の予想通り初登場1位を記録したクリストファー・ノーラン監督の最新作『インセプション』。主演のレオナルド・ディカプリオにとっても、スコセッシとの『シャッター・アイランド』を凌ぐ、自身としては最高の初週スタートになった。
日本での正式公開は今週末からだが、この3連休、一部の映画館で先行上映が行われていたので行ってきた。
あまりにも圧倒的だった『ダーク・ナイト』と比べてしまうと、いくつかの場面はいささか冗長だし、アクションもすべてが決まっていたとは言い難いところもなくはなかった。登場人物はそれぞれに魅力的だけど、それぞれが描ききれたかというと食い足りないところもあった。ジョーカーという稀代の悪役を擁していた前作とは違い、誰も悪いやつはいないという設定も、少なからず興奮を減じる要因ではあったかとも思う(逆に、前評判で聞こえてきた難解さはまったく気にならなかったが)。
しかし、それでもなおこの『インセプション』は凄まじいとしか言いようがなかった。それは、『ダーク・ナイト』と同様に、この映画が観る者に最終的に突きつけるものが、背徳的な何かでしかないからだ。
『ダーク・ナイト』においてそれは、誰もが疑いようのない「正義」への、根源的な問いとして表された。『インセプション』においてそれは、やはり誰もが疑わず、誰もが追い求め、誰もがその価値を至上と置くものだった。それは、背徳という言葉すら、『ダーク・ナイト』の前では陳腐で平和な言い回しにしか聞こえてこないのと同じように、戦慄だった。ここでもクリストファー・ノーランは、あまりにも容赦なく、絶望を描いていた。