ケンドリック・ラマー『good kids,m.A.A.d city』に慄く

ケンドリック・ラマー『good kids,m.A.A.d city』に慄く

今週リリースされたケンドリック・ラマーの『good kids,m.A.A.d city』が凄い。

おそらく次週のビルボード・チャートでは初登場2位にランクインする(1位は初週でミリオン超えのテイラー・スウィフト『RED』)といわれているこのアルバム、Dr.Dreやスヌープ、ザ・ゲームから「西海岸ヒップホップの後継者」と指名されるコンプトン出身、1987年生まれのMCによるメジャー・デビュー作になるわけだが、すでに数々の客演で名を轟かし、さきごろはレディー・ガガとのコラボ・トラックも話題になった、そんな鳴り物入りの記号がほとんど意味のないものに思えるほど、その作品はあまりにもストイックで私小説的なものだった。

ジャケットに叔父の膝の上に座る幼い頃の自身のポラロイド・フォトを選んだ本作は、ケンドリック・ラマーのこれまでの25年の半生を、厳選された音数と抑制されたラップによって綴ったもの。ラッパーのアルバムというと、確かにたいていはその生き様をまくしたてるものと相場が決まっているものだけど、しかし、ケンドリック・ラマーの「表現」によるそれは、ヤバさや金や女といったお決まりの「誇張」がどこにも見当たらない、特殊なものだ。ウエスト・サイドの次世代と目される彼のトラックは、その意味で、まさしく新しいものなのである。そして、その静かなヒップホップは、どうしようもなくリアルに聴こえるのである。

今年のブラック・ミュージックの最大の収穫のひとつであるフランク・オーシャンも、奇しくも1987年生まれだそうである。R&Bシンガーの新しい文体をあまりにも私的な地点から普遍的に唄い上げたフランク・オーシャン(『Channel Orange』は、まるでアコギの弾き語りで歌われたインディー・フォークのようだ)と、ラップ次世代の到来を同じように私小説的に表現したケンドリック・ラマー。ふたりのたたずまいが、先鋭的な白人インディー・ミュージシャンのそれと激しくシンクロして見えてしょうがない(そんなことは、これまでありそうでなかったことだ)、そんなことまで含めて、事態の同期に何かを感じずにはいられない。
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