「奇遇だね。ちょうど今朝そのこと(オプティミズム)について考えていたんだよ。まず今回マネージャーのジャネットに聴いてもらったのは非常に重要だったと思う。自分たちでは『これはいいはずだ』とつい思いたくなるけど、外部の誰かに聴かせれば正直な意見が返ってくるからね。というわけで、まずそれが重要だったと思うし、その上でバンドが一緒に作って何か新しいものを生み出すというアイデアにすごく興奮していたよ。君が言った通り、10年、11年に再結成した当時に僕が考えていたのは、ある意味パルプを見事に終わらせようということだった。00年代のはじめにパルプは徐々に勢いを失っていったからね。だからいい形で終わらせたいと思ったし、それはうまくいった。だからそのときは何も新しいことを考えていなかった。それで今回、僕らのベーシストのスティーヴ・マッキーが亡くなったということがあって、それは我々にとってすごく大きい出来事だった。ごく身近な存在を亡くすと、自分にも創作するための時間は限られていることに気づくんだ。それで、そうか、と思って。今作はスティーヴに捧げていて、収録曲のうちの2曲は彼がバンドにいた頃のものだよ。そう、だからマインドセットとしては今やるしかないという感じだったね。何かやりたいなら今やれ、と。そして実際にやったというわけさ」
●ちなみにその2曲とは?
「“グロウン・アップス”が『ディス・イズ・ハードコア』時に演奏部分のデモだけ録ってずっと歌詞が書けないままになっていたもの。タイトルだけは“グロウン・アップス”だと決めていたけどね。ちなみに当時の録音は今回使わず改めてレコーディングしているよ。それから“ゴット・トゥ・ハヴ・ラヴ”は『ウィ・ラヴ・ライフ』の頃にデモを録ったもの。これに関しては、歌詞は書いてあったけどうまく歌えなかった。当時は自分の愛がどういう状況なのか分かっていなかったからね。歌えるまで20年待たなければならなかったんだ」
●本作の曲を書くという行為は、自己探究的なものだった?
「それは常にそうだよ。ただ今回のアプローチの仕方としては、あまり考えすぎないようにすることだった。考えすぎると減速してしまうからね。音楽は人間に対して非知的に働きかけるものなんだ。もちろん僕自身にとって歌詞は重要だ。なんたって自分で書くものだし、自分の人生における諸々について表現するために言葉を使っているから。でも、なぜ歌詞を書くのが好きかというと、大半の人がそれをちゃんと聴いていないのが分かっているからなんだ。サビくらいは知っていても歌詞の一言一句を把握している人は少ない。自分の人生について何かを言っても、必ずしもそこに注目されないというところが気に入っているんだ。それで、もしかしたらある日、カラオケかどこかに行って歌詞を見て、『うわ、こんなこと歌ってるなんて全然知らなかった』となるかもしれない。歌詞はもちろん大事だけど、それが主役というわけではなく、音楽もすべて同様に大事で、聴き手に『全神経を集中して歌詞に注目して』と求めるわけじゃない。個人的なことを言うのにはなかなかいい方法だと思うよ」
●本作には24年の歳月が円熟の方向に働いた円やかで豊かなサウンドと、逆にアバンギャルドに研ぎ澄まされたサウンドが混在しているように思います。あなたが思う、本作に継承された「パルプらしさ」と、逆に「パルプらしさ」から逸脱を試みたものが、それぞれあるとしたら?
「それはおそらくバンドのメンバーによるところが大きいと思うよ。ニック、マーク、キャンディダはこのバンドに長くいて、ニックのドラムはかなりの大音量だから全員が自分の音を聴かせるための努力をする必要があって、それも極めて特徴的だし、キャンディダは動作に制約があるからキーボードはすごく彼女独自のもので、それからマークは旧メンバーのなかでは最も音楽的で。というわけでそれが伝統的なパルプ・サウンドの印象を与えていて、さらにそこで僕が自分の声を響かせようとしている。アバンギャルドに関しては新しいメンバーによるところが大きいかもしれないな。エマ、アンドリュー、それからストリングスアレンジのリチャードとね。彼らはフルタイムのメンバーではないし、リチャードとエリジアン・コレクティヴは、クラシックもやったりそれぞれ他の活動もしているから、それによって新たな要素が持ち込まれているような気がするよ。というわけで単純にメンバーの組み合わせによるものじゃないかと思う」
●今も話にありましたが、今回はストリングスのアレンジも素晴らしいですね。本作のサウンドのトーン、質感でこだわった点があるとしたら?
「例えば“パーシャル・エクリプス”という曲の終わりの部分、この曲のアイデアは地上を離れて雲の上へと飛び立ち、そこから地球を見下ろすというようなイメージなんだけど、リチャードにもそういうサウンドにしてほしいと伝えて。そして実際に宙に浮かんでいる感じになっていると思う。さっき話したように “ザ・ヒム・オブ・ザ・ノース”から始まったわけだけど、あの曲にとってストリングスのアレンジは重要だったんだよ。バンドがストリングスを取り入れる場合、通常はまずレコーディングしてその上にストリングスを乗せるということが多いけど、僕らの場合は弦楽隊とツアーを共にしていたし、リチャードはバンドとも演奏しているから、ストリングスのアレンジが曲にとって欠かせないものになっていて、あとから足したものじゃないんだよ。曲がストリングスありきで構成されているという、そこはちょっと珍しいかもしれないな」
●“スパイク・アイランド”はパルプの復活を告げる最新バンガーで、本当にワクワクするアルバムのオープニングです。MVも素晴らしいですよね。30年前の自分たちの写真をAIで動かしてみる、というアイデアはどこから?
「ある人がAIについて話していて、『もしAIを使って映像を作るとしたらどうする?』って訊いてきたんだ。それでAIの仕組みを説明してもらって、それで思い出したのが『ディファレント・クラス』のジャケット写真だった。というのも95年当時にあの写真を撮ったとき、おそらくあれは僕らにとって一種のAIだったんだよ。あの当時はレコーディングで手一杯で、スリーブ撮影の時間を割くことができなかったから、スタジオの白い壁の前で撮って、その写真を等身大パネルにしてそれを運んで街中で撮影したんだ。つまり僕たちは人工的に現実の風景に挿入されたわけ。それで撮影の2週間後にようやくスリーブになって戻ってきたものを初めて見たんだ。僕はずっとあの写真がすごく好きで、ちょうど今年が『ディファレント〜』発売から30周年ということもあって、思いついたのかもしれない。とにかく何か撮影当時のようなビデオが作れないかと考えて、AIアプリを使ってみることにした。でもやり始めてすぐ、そんなに思い通りにはAIを操れないことが分かって、例えば『白黒の人物は動かさず、人物の背後を観光バスが通り過ぎる』といった指示を伝えても、結果はバスが人物に衝突しそうになっていたり。それでも『とにかくAIがどこに導いてくれるかこのまま続けてみよう』と考えてやった結果、最終的にはかなり興味深いことになったと思う。オリジナルの写真を撮影したランキンとドナルド・ミルンが快く使用を許可してくれたおかげでね。おそらくアイデアとしては、歌詞にも《come alive》とあるように写真に命を吹き込もうとしたんだ。まあ僕なりにAIを理解しようという試みだったね」
●“グロウン・アップス”はかなり昔にデモを作っていた曲だと聞いていますが、《僕は老いてはいない、熟しているだけなんだ》と歌うこの曲は、本作のテーマというか、あなたがここで行き着いた人生観を象徴しているようにも思いました。
「まあ、年を取るのが好きな人はいないと思うけど、でも正直に言うと、90年代後半くらいの自分よりも今の方が幸せなんだよね。年を重ねることの利点のひとつは、自分のことをよく知るようになるってことだと思う。自分が何をするべきで、何をするべきではないか、何が自分を幸せにするのかが分かってくる。昔は死ぬことがすごく怖かったんだ。“ヘルプ・ジ・エイジド”という曲を書くほどで、しかも当時は33歳で全然年寄りではなかったのに。でもたぶんずっと子どものままでいたいという気持ちがあったんだと思う。なぜなのか理由は分からないし、それについては精神科医と話した方がいいのかもしれない。でもそうだな、今は少し老いを受け入れているような気がするし、それはいいことかもしれない。初めてラフ・トレードの人たちに新作を聴かせたとき、試聴後に僕のところに来て『すごく年相応なレコードだと思う』と言った人がいて、僕はそれが褒め言葉なのか批判なのか正直なところ分からなかったけど(笑)。でも本当にそうだったら結構嬉しいかもしれないと思った。僕は昔からずっと書いてきたことについて、つまり愛について今も書いていて、これまで主にラブソングを書いてきたんだけど、今は違う位置から物事を見るようになっていて。昔のように『これはどうなるんだろう』と考えるのではなくて、『あれはこうだった』と考えているんだ」
●“ア・サンセット”はブライアン・イーノのEarthPercentでのプレゼンに端を発する曲だそうですね。
「そうそう、彼が設立したEarthPercentという団体があって、考え方としてはミュージシャンやアーティストが地球に対して印税の一部を支払うというもので、理由は例えば『インスピレーションをありがとう』とか、『酸素が存在するおかげで呼吸ができる』とか何でもいい。僕はEarthPercentで時折PowerPointを使ってプレゼンするんだけど、その最後にあの曲を歌って終わらせているんだよ。リチャード・ホーリーが送ってくれたアコースティックギターのデモに合わせて歌うんだけど。それでアルバム版をレコーディングするとなったときにイーノに頼んだんだ。彼は毎週火曜日にアカペラセッションを自分のスタジオで行なっていて僕も行ったことがあったから、『アカペラの人たちに歌ってもらえないか』と訊いてみて。結果的にあまり人が集まらなかったか歌ってくれなかったかでそれは叶わず、でもクリスマス時期で彼の家族が集まっていたから、それでイーノ一家が歌ってくれてそれが素晴らしかったというわけさ。何と言うか、一日の終わりにみんなでキャンプファイヤーを囲むようないい感じの雰囲気があるというか。だからアルバムの終わり方としていいんじゃないかと思ったんだ」
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