日経ライブレポート「シガー・ロス」

とても特殊なスタイルを持つバンドである。まず、歌詞にオリジナルな言語を使っている。今何かと話題のアイスランド出身のグループなのだが、母国語であるアイスランド語をベースにしながら、自分達独自の言語を作ってしまい、それで歌っているのだ。つまり、彼らの歌詞は本人達以外、誰も理解できない。そして曲も、いわゆるポップ・ミュージック的なメロディーや曲構成を持たない、何か中世の宗教音楽的なもので、一曲が十分以上のものも珍しくない。およそコマーシャルとはいえない性格のバンドである。

しかし根強い人気を持ち、世界的に熱心な支持者を持っている。何故か。それはそうした独自のスタイルに何がしかの必然を感じるからだ。このバンドは、いわゆる誰にでも分かる言葉やメロディーでは伝えきれない、何か特別なものがある。という事がリアルに伝わって来るからだ。余りに大きい悲しみ、余りに大きい絶望、そうしたものが彼らの音楽からは溢れ出ている。数年前に観たライヴでは、客の半分くらいが泣いていた。それだけ激しい感情移入をさせる音楽なのである。

そのバンドが、最新アルバムで大きく音楽スタイルを進化させた。ポップなメロディーが導入され、ごく一部ではあるが歌詞に英語が使われるようになったのだ。全米チャートでは初登場十五位と、これまでで最高の売り上げを記録した。果たしてライヴはどう変るのか注目されたわけだが、これまでになく開放的な雰囲気を持つポップなステージであった。しかも素晴しいのは、それによって文学性や宗教性が失われず、むしろ強化された事だ。

国際フォーラムは完売。追加公演もすぐに売り切れてしまった。これから、日本でも世界でもどんどん大きな存在になって行く手応えを感じるライヴだった。

2008年10月26日 東京国際フォーラム
(2008年11月5日 日本経済新聞夕刊掲載)
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