スペースマン、宇宙に還る

アンド・ナッシング・ハート『スピリチュアライズド』
発売中
ALBUM
アンド・ナッシング・ハート スピリチュアライズド

この6年ぶりのアルバムをジェイソン・ピアース/J・スペースマンが自宅で、ほぼ独りで構築したと知ったのは、一通り聴き終えてからだった。とはいえ、事前に知らされていようがやはり同じように驚愕し、衝撃を受けずにいられなかったはず。頭の中で鳴っている音をひとつひとつ集めて、加工し、重ね、尋常ではない完璧主義に駆り立てられるまま、狂気すれすれまで自分を追い込んで作り上げた、この究極のベッドルーム・レコーディングに。彼が仄めかしているように、これが最後のスピリチュアライズドの作品になっても誰に不平が言えるだろう?

なぜって、源泉のゴスペルやブルースに辿って音楽の歴史を賛え、フラジャイルなメロディの優しさに磨きをかけて、シンフォニーの壮大さと、弾き語りの無防備さのコントラストをさらに際立たせた本作は、ジェイソン美学の集大成。架空のオーケストラを従えて、美しい音だけで形作った、壮麗なコズミック・チェンバー・ポップなのだ。その響きはタイムレス極まりないものの、彼はあくまで52歳になった自分の現実を描く。時間の経過や老いと向き合い、人生体験から得た厳しい教訓や真理を分かち合って。“そしてもはや痛みは感じない”というタイトルが湛えるのも、年月の重みの下に崩れ落ちそうな深い悲しみであり、ふてぶてしい逞しさ。そういう意味で、同様にノスタルジアを拒み、時の流れを直視して果敢に前に進もうとする、同世代のマニックスやスウェードとスタンスを共有していると思うのだが、それでも引退するというなら本作はまさに有終の美を飾る遺作。ラストの“セイル・オン・スルー”で《僕は旅を続ける》と歌い、モールス信号を発信しながら虚空に消えていくジェイソンは、『宇宙遊泳』を超えた気がする。(新谷洋子)



『アンド・ナッシング・ハート』の各視聴リンクはこちら

スピリチュアライズド『アンド・ナッシング・ハート』のディスク・レビューは現在発売中の「ロッキング・オン」10月号に掲載中です。
ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。

アンド・ナッシング・ハート スピリチュアライズド - 『rockin'on』2018年10月号『rockin'on』2018年10月号
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする