ソロ作としても白眉、トム・ヨーク初のサントラ

トム・ヨーク『サスペリア(ミュージック・フォー・ザ・ルカ・グァダニーノ・フィルム)』
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ALBUM
トム・ヨーク サスペリア(ミュージック・フォー・ザ・ルカ・グァダニーノ・フィルム)

トム・ヨークにとって初めてのサントラ仕事がホラー映画のリメイク作であると知って、意外に感じた方もいるかもしれない。しかし、「怖い」「不愉快」といった方向性が明確な心理効果を求められるホラー映画だからこそ、トムは具体的なイメージを前提にできたし、しかも独りよがりのイメージではなく、観客を目の前にしてインタラクティブな感情の起伏を生み出すべく、自身の表現領域を隅々まで使いきっているのだ。

本作は大まかに分類すると四つのセクションから成り立っている。それが代わるがわるに浮上し、主題を担い、次に待つテーマに影響を与えながら再びレイヤーの深部に沈み込んでいくサイクルを、90分間繰り返すという構成だ。まず一つ目のセクションは、先行公開された“サスペリウム”に代表される、ピアノを主体としたトムのボーカル・ナンバー。本作の監督、ルカ・グァダニーノ映画は『君の名前で僕を呼んで』の例を挙げるまでもなく、ピアノ・スコアが非常に重要な位置を占めているわけだが、本作はその監督の志向性とトムの持ち味が合致した至上のコラボになっており、レディオヘッドではありえないノスタルジックなメロディをなぞる歌声も聴くことができる。

二つ目のセクションは、そんな歌物の対極を行く強烈アヴァンなインスト・チューンの数々。本能レベルでの錯乱を煽るメタル・パーカッションや即興的ジャズ・ドラム、悪い薬でも盛られたかのような極度の酩酊に襲われるアンビエントなドローン、そしてロンドン・コンテンポラリー・オーケストラを迎えての精緻なストリングスをズタズタに切り裂くアレンジまでまさにやりたい放題だ。でも、やりっぱなしのアンチ・クライマックスではなく、最終的にはちゃんと極点に達するのもホラー映画ならではの醍醐味だろう。ちなみにトムは本作のインストについてクラウトロックを意識したと語っているが、それは結果的に1977年のベルリンに舞台を移した本リメイク版にふさわしいアプローチだったと言える。

トムは本作のレコーディングでまず「うめき声」から録り始めたそうだが、三つ目のセクションはそんなうめき声や悲鳴、物音等をコラージュした、物語と直結型のサウンドの数々。そして四つ目は微妙にアレンジを変えながら何度もリプライズするアルバムの主題と呼ぶべき旋律だ。ヒプノティックな効果を生むそれを彼はオリジナル版のゴブリンのメイン・テーマへのオマージュ満載で仕上げている。とにかく、ここまで多彩なトムのサウンド・スタイルを内包した作品は本当に貴重だ。ソロ・アルバムとしても必聴の一枚。(粉川しの)



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トム・ヨーク『サスペリア(ミュージック・フォー・ザ・ルカ・グァダニーノ・フィルム)』のディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。
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トム・ヨーク サスペリア(ミュージック・フォー・ザ・ルカ・グァダニーノ・フィルム) - 『rockin'on』2018年11月号『rockin'on』2018年11月号
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