悲痛と崩壊から掴んだ圧巻の美

FKAツイッグス『マグダレーン』
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ALBUM

FKAツイッグス待望のセカンド・アルバム『マグダレーン』がデビュー作から5年でようやく完成した。聖書に登場する強い女性マグダラのマリアにインスパイアされたというタイトルの今作から先に“セロファン”のMVが発表されたがその内容に世界が驚愕。これまでもエッジのあるサウンドに官能的でアーティスティックな表現で、既存のポップ・シーンを刺激してきた彼女だが、このシングルが世界的な注目を裏切らないアルバムをすでに予告していた。アルバムの制作に入る前に、ロバート・パティンソンとの破局があったことはあまりに有名だし、さらに子宮の腫瘍を除去する手術をしたという。あまりに悲しく胸が張り裂ける場所にいたという彼女は、「このアルバムは私が肉体的にも感情的にも回復する過程で作った――それが表れていると思う」と語っている。実際“セロファン”では《なぜ私ではダメだったの》《私は自分のすべてをあなたに捧げたのに》《彼らは私達に別れて欲しがっている》などと弱さと痛みをもろに打ち明けているが、しかし、目を奪うMVのポール・ダンスに表現されているように、全身をさらけ出しながらも、それを自分の体の細部にいたるまで完璧にコントロールする強靭さとアートに昇華したことを見せ付けている。かと思えばサウンド的には対照的で、新境地を象徴するようなフューチャーとの“ホーリー・テレイン”ではダークなトラップ的ビートの上を漂いながらも最後には自信を獲得していくかのようなボーカルを披露している。実は筆者は彼女がこの夏行なった新作をほぼ全曲披露するパフォーマンスを観ているのだが、この悲痛から生み出した曲をすでにタップ・ダンスから、なんと剣を振り回すダンス、かと思えば、中世の身動きできないドレスに身を包み美しいファルセットで披露。思わず感極まって泣き出すような場面すらあった。彼女の作品は常に女性らしい肉体を通した美として表現されてきたが、今回は実際肉体的にも崩壊寸前という苦痛を体験しながら、強さと繊細な美で総合的なアートとして完成させている。彼女のビジョンが唯一無比であることを再び証明しているのだ。サウンド的にも、ニコラス・ジャーのみならず、ジャック・アントノフ、スクリレックスなども参加。エレクトロ、インダストリアルからオペラまで、その境界線を自由に行き来し、彼女の世界観をさらにダークに深く追求して新境地に達している。

肉体的、精神的な張り裂けるような悲痛と崩壊からそれへの反抗と掴みとった希望が至極の美で表現された圧巻のアルバムだ。 (中村明美)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。
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『rockin'on』2019年11月号