突然、ビリー・コーガンのフル・ネーム、ウィリアム・パトリック・コーガン名義のセカンド・アルバムがリリースされた。Instagramで、聴き手に先入観を与えるメディアのフィルターを通すことなく届けたかったと言ってるが、それはそれとして彼の思いも伝わるかなり異色なアルバムとなっている。そもそもで言えば05年にビリー名義で『ザ・フューチャー・エンブレイス』を出しているが、この名義では17年の『Ogilala』に次ぐもの。基本的にはアコースティック・サウンドを土台に作られており、音は柔らかく優しい。全17曲、約1時間の大作で、しかももうじきスマッシング・パンプキンズの新作も出すというから充実している。
あえて個人色の強い名義で出すというのは、過去作やスマパンとのコンセプトの違いを明確にしておきたいからだろうが、このカントリー・フィーリング濃厚なアルバムからはその思いがよくわかる。レコーディングは、カントリー・ミュージックの聖地ナッシュビルで、当地のベテラン・セッション・ミュージシャンたちや現スマパンのジェフ・シュローダー、さらにツアーに参加していたベーシスト/マルチ・プレイヤーのケイティ・コールらによって行われ、前作の『Ogilala』はプロデュースをリック・ルービンが手がけていたが、今回はビリー自身によるもの。
繊細なラインを持つ曲ほど余計な手を入れずに素直にまとめているところを聴いていると、このサウンド、アプローチではそれが正解だったと思える。とはいえ、いわゆるクラシカルなカントリー・ミュージックのフィーリングからすると、ビリーの歌声や曲のテーマ等は充分に捻れたもので、フィドルやスティール・ギターを交えたオーソドックスなバッキングとの微妙な緊張関係が逆にとてもおもしろい。
たとえば『ツイン・ピークス』(デヴィッド・リンチ監督)の導入部分のように、どこにでもあるアメリカン・ローカルの日常が歪んでいくのに気づかされるようなジワジワと迫る恐怖感がここにはあるのだ。タイトル曲もそうだが、“Colosseum”なんて本当にシンプルな曲なのに意識するとアメリカン・ゴシックの闇が口を開けていたりするし、後半のピアノのリードで歌われる“6+7”も不気味さは際立っている。またジグ、リール風のアレンジで歌われる“Jubilee”あたりは、スマパン、ビリーのイメージからは出てこないタイプで魅力的だ。こうした極めてパーソナルなテイストのナンバーこそソロでなければ表現できない世界だったのだろう。別名義で出す意味に納得がいく1枚だ。(大鷹俊一)
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