2018年から昨年にかけてのシングルを集めた『ビギン・アゲイン』に続き早くも登場するオリジナル作。アルバムを作るつもりはなかったものの楽曲群に統一感が生まれていたのに気づいてまとめた作品とのことで、しばしの息抜きを経て創意が自然に湧いてきているようだ。
シングル集に引き続きウィルコのジェフ・トゥイーディーが参加した2曲を除き、実質全曲自作・初の自主プロデュース作になる。長年共演してきた合方ブライアン・ブレイド(Dr)&クリストファー・トーマス(B)の2名を軸にジャンルやシーンを問わず腕の立つプレイヤーを適所に配した抑制されたアレンジはいつもながら高品質で、SSW調の内省、ジャズ、ロック、クラシック、カントリー・ソウル、フォークに至るアメリカのモダンなスタンダード話法を咀嚼した豊かな音楽性とモスリンのように柔らかな歌声およびフレージングの妙を見事に引き立てている。とはいえマイナー調のメランコリックな旋律で喪失感や不安・悲しみを綴った楽曲が多いゆえに、良い意味でメロウかつレイドバックしていて時に心地よく流れていってしまう彼女のトレード・マーク的なサウンドにエモーショナルなテンションと翳りが加わった。背筋がしゃんと伸びる甘さ控えめな瞬間(②⑨でのすごみのあるボーカル他)の数々は、深い余韻をもたらしてくれる。私生活をほとんど明かさないアーティストだけに心痛の要因は分からない。しかし(あくまで筆者の勝手な解釈だが)「トランプのアメリカ」に向けられたごとき⑧に静かに燃える怒りと闘志は、「ジャズ」「天才」といったやや敷居が高いキーワードで語られがちな優等生が秘める現代女性としての芯の強さを感じさせる。その生の声に触れるのに格好の1枚ではないかと思う。 (坂本麻里子)
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