究極の美学の果てに

ヨンシー『シヴァー』
発売中
ALBUM
ヨンシー シヴァー

新作までどれほど時間が空くのかは、個々のタイム感覚なので問題ではなく、重要なのは、新作としてどれだけの説得力を発揮できるかだ。まさにこのヨンシー10年ぶりのソロ作は、その好例。4月に先行シングルの“エクスヘイル”が発表されたが、そこからも長く、このレビュー締め切りの本当にギリギリで聴けたのだが、それだけ共犯者(共同プロデュース)のPCミュージックのA.G.クックと共に最後の最後まで細部にこだわり続けたのだろうし、その思いが音間からあふれ出している。

シガー・ロスの方も3人組となっての『クウェイカー』(13年)以降、オリジナル・アルバムはないし、ライブは行われているもののあまり情報がない。そんな中、大傑作『Go』(10年)以来のヨンシーとしてのソロ・アルバム誕生ときたのだから興奮せずにはいられなかったが、期待は大幅にクリアされた。

爆音とどろく中での静寂、寡黙な様相の中に渦巻く激情、そんな正反対の感情や状況が複雑なグラデーションを描き出しながら混ざりあっていく快感が、アルバム全体を覆っている。たとえどんな陰惨で絶望的に見えたとしても、全面的に支配下に置かれるのではなく、希望の灯を灯していく姿がスケール感を生み出していて、じっくりと歌い出されるオープニングの“エクスヘイル”の感情の糸を撚るようにしながら骨太な世界へと至る展開は、アルバム全体を象徴する最高のオープニング・トラックとなっている。そこからヨンシーならではの伸びやかな歌声が気持ちいい“シヴァー”で視界がグイグイと広がる感覚も深い狙いで、よく練られているのだが、そういう言い方で言えばゲストの選択、配置、そしてもちろん仕上がりも最高のものだ。

その名前に震えたコクトー・ツインズのエリザベス・フレイザーとの“カニバル”で繰り広げる恐ろしさと、研ぎ澄まされた美学が背中合わせになった構成は最高の聴き物だし、それと好対照な明快さを冒頭から突きつけるスウェーデンの女性シンガー、ロビンを迎えての“ソルト・リコリス”のポップな意外性にも驚かされた。今作一番のキャッチーな曲であり、ここでの直截なエレクトロ・アプローチはシガー・ロスでは難しいスタンスであり、ソロ作の価値を高めている。他にも現代音楽的な要素をさりげなく盛り込んでみたり、美しいファルセットならではの祈りの光景を全面的に拡げるものもあれば、激音やらアナログ・ノイズ感もあったり、素直なピアノによる美メロに癒やされたりと、とにかくバラエティに富み、音の細部に10年分のエキスが染み渡っている。 (大鷹俊一)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。
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ヨンシー シヴァー - 『rockin'on』2020年11月号『rockin'on』2020年11月号
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