約75分という時間を封じ込めた映像作品だが、しかし、ここにある時間の流れは過去から未来へと一方向にだけ流れていくものではない。逆流、沈殿、浮上、世界からまた別の世界へ、時間は様々な方向へと放射され、その多様な時間「たち」の累積は、これまで語られてきた物語とは別の、新しい時空の形成に至る。

今年1月に開催されたオンラインライブ「前世」の模様を収録。舞台は横浜の八景島シーパラダイス。ヨルシカのふたりに、4人のサポートミュージシャン、さらに楽曲のストリングスアレンジも務めた村田泰子率いるカルテットも加えた10人編成でのアンサンブルが豊潤で美しい。巨大な水槽をバックにした映像は夢のように不思議な質感を持つが、その中でシルエットから浮かび上がる、ゆるやかに流れる髪、マイクを握る指先、裸足の足元……suisの存在が、たしかな体温と息づかいを持って眼前に迫ってくる。

前世。つまりヨルシカにとって大切なのは何を得たかではなく、何を失くしたか、なのだろう。いつか海の底に沈んだあの声が、いつか季節の風に消えたあの声が、ここに木霊している。（天野史彬）

『ROCKIN'ON JAPAN』7月号より