今月号の桑田佳祐インタビューの中でとても興味深いのは、サザンを含めたその長いキャリアを振り返りながら、「チャンスを与えてもらったし、支えてもらった」と語っていることである。桑田佳祐ほどの巨人となると、どうしてもその強烈な個性や内面にあるものを個人単位で捉えてしまいがちなのだが、彼は自身のキャリアを客観的に見つめたうえで、周囲の人々や時代環境からの新たな発想、メッセージは生まれてくるものだと考えているのだと思う。謙遜しがちな部分を差っ引いたとしても、僕はそんな発言と彼の活動を照らし合わせてみて、とても腑に落ちる思いがした。
桑田佳祐は自身のソロ名義でデビューするよりも前、1986年に1年間の期間限定でKUWATA BANDとしての活動を繰り広げている。サザンオールスターズは、『KAMAKURA』という質・量ともにモンスター級の大作アルバムのフェーズを乗り越えてきたところであり、公私に渡るパートナー=原 由子の産休もあってバンド活動を一時休止した。今回の最新ベスト『いつも何処かで』にもKUWATA BANDの楽曲が収録されている(今回は“BAN BAN BAN”と“MERRY X’MAS IN SUMMER”の2曲)。それは「サザンのバンドマンとしての立場を一時離れる」というきっかけが、その後のソロ活動の動機付けとしても重要だったことを表している。今回の『いつも何処かで』リリースに先駆けて、原 由子の31年ぶりとなるオリジナルアルバム『婦人の肖像(Portrait of a Lady)』の制作を全面サポートしたことは、桑田ソロ始動のきっかけを思い返すと尚のこと感慨深い。ほとんど人生そのものと呼ぶべき、人間関係の深みが横たわっている。
1990年代以降の「AAA(Act Against AIDS)」における活躍や、東日本大震災からの復興支援となった2011年の「宮城ライブ 〜明日へのマーチ!!〜」開催など、桑田は人との出会いや社会の出来事に鋭く反応しながら活動領域を広げてきた。それと並行して幾多の国民的ヒット曲を生み出してきたのだから恐れ入るとしか言いようがないが、それは単純にミュージシャンや内外のスタッフ、活動パートナーとの出会いだけがもたらしたものではなく、有り体な言い方をすればより大きく広い、人々との真剣な向き合い方に根ざしているのではないだろうか。
直近の10年間で言えば、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』の主題歌として、時代背景へのノスタルジーも丸ごとドゥーワップのコーラスに織り込んだ技ありの“若い広場”を提供し、東京2020 夏季オリンピック関連プロジェクト(「民放共同企画“一緒にやろう2020”」)では、切磋琢磨するすべての競技者や、それを陰で支える人々までも祝福するメッセージが詰まった応援ソング“SMILE〜晴れ渡る空のように~”を生み出した。そして2021年、コロナ禍の時代に苛まれた人々を励まし、命と生活を照らし出すキャリア初のEP『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』をリリースしたことは記憶に新しい。
個人的に、この10年で最も強烈な体験となった桑田作品と言えば、やはり“ヨシ子さん”である。急速な時代の変化に翻弄されるベテランアーティストの危機感をユーモアたっぷりに吐き出しつつ、最先端ポップミュージックとガチで競り合う凄まじいグルーヴを練り上げてみせた。経験と成功の上に胡座をかくなんてとんでもない。若い新人アーティストのように汗まみれで時代と取っ組み合う桑田佳祐がそこにはいた。いつでも人々と、世間と真剣に向き合う桑田の姿勢は、たとえばそんな形でも表面化する。だから彼は今日も、シーンの最前線に立ち続けていられるのである。
そして今春、桑田は同年代アーティストたちに呼びかけ、分断の時代と向き合った共闘と連帯のコラボソング“時代遅れのRock’n’Roll Band feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎”を発表した。同年代だからこそ、そもそもは互いに強いライバル意識も抱いていたはずのアーティストたちが揃い踏みとなったスーパーバンド。それは、ベテランたちの歩んできた道のりや関係性までも逆手に取ってリスナーを驚喜させる一撃だったのである。また、SOMPOグループのCMソングとして広く親しまれながら音源作品化が待たれていた“平和の街”も、遂に『いつも何処かで』に収録。煌びやかでハートウォーミングなモータウンポップ風の曲調と、現代のサウンドテクノロジーによるウォール・オブ・サウンド解釈が夢見心地な響きをもたらす。《「名もなき花」なんて無いからね/どんなに小さな花びらの奥にだって/命が宿る/負けないで Baby!!》という、人生のブルースを潜り抜けて掴み取ったメッセージもキレッキレだ。
さらに新たなもう1曲が、2枚組のディスク2でフィナーレを飾る“なぎさホテル”である。こちらも、スタンダードなグッドメロディを備えつつ、豊かなサウンドのレイヤーが現代的な響きをもたらす楽曲になっている。かつて神奈川県逗子市に実在した名門ホテルの情景に、青春を回想する切ない物語が立ち上がってくる。いかにも桑田らしい舞台設定のストーリーテリングでありながら、かつて同名の自伝的エッセイを発表した作家・伊集院静へのシンパシーの意も込められているのかもしれない。キャッチーな響きで深い余韻を残す、洗練された音楽と文学性の結晶だ。
何よりも凄いのは、これらの新曲が往年のヒット曲たちにもまったくひけを取らない、ポップで味わい深い楽曲になっていることである。人々や環境との巡り合いを通じてキャリアを築き上げてきた桑田は、最終的にポップミュージックの巨人である彼自身と対峙している。アーティストがキャリアを重ねれば重ねるほど、過去の実績は重くのしかかってくるものだ。
“波乗りジョニー”から“ほととぎす [杜鵑草]”、“白い恋人達”から“EARLY IN THE MORNING〜旅立ちの朝〜”など、ハッとさせられるような流れを組み込みながら、一編のアルバム作品としてドラマティックに構成された『いつも何処かで』。人々へのシンパシーやメッセージが確かな体温を伴うポップミュージックと化しているのは、他でもなく桑田佳祐自身が、人と、時代と、真剣に向き合い続ける生活者だからである。
(『ROCKIN'ON JAPAN』2022年12月号より)
現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』12月号表紙巻頭に桑田佳祐が登場!