不確かな「心」の躍動こそが存在証明

宇多田ヒカル『何色でもない花』
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《そんなに遠くない未来/僕らはもうここにいないけど》と歌う儚さが、《名高い学者によると/僕らは幻らしいけど》と続き、この楽曲のショートバージョンを聴いたとき、なんと深遠な歌かと思った。もしこの世界が仮想現実であるなら、その事実を悲しいと思うのはなぜなのだろうと。そしてフル尺音源を聴き、その心の痛みこそが存在証明なのだと思えた。それまで6/8で進行していた穏やかなピアノのリズムが、突如として躍動するビートに揺り起こされて、能動的な「心」を取り戻すように、不思議なポップネスを携えたエレクトロサウンドへ変化。まるで漠とした空間から、ふいに重力を得て不器用に大地に足を着けたかのような心持ちだ。この不思議な展開から受け取るのは、不確かながらリアルな生の実感である。“何色でもない花”とは「心」のメタファー。その「心」が見えないからといって、それが存在しないわけではないと、その命題を表現するかのように歌とリズムが響く。このソングライティングのすごさに、聴くたび心震えている。(杉浦美恵)

(『ROCKIN'ON JAPAN』2024年4月号より抜粋)


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