宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」

宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」

●セットリスト
01. BADモード
02. One Last Kiss
03. 君に夢中
04. 誰にも言わない
05. Find Love
06. Time
07. PINK BLOOD
08. Face My Fears (English Version)
09. Hotel Lobby
10. Beautiful World (Da Capo Version)
11. About Me


宇多田ヒカルの音楽が聴こえているということは、宇多田ヒカルが我々のすぐそばにいるということだ。自身の誕生日でもある1月19日に、待望のニューアルバム『BADモード』を先行デジタルリリース(2月23日にフィジカルリリースが控える)すると、同日夜には自身初の有料配信スタジオライブ「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」が行われ、5万人の視聴者が宇多田の最新パフォーマンスを見届けることになった。ロンドンのAir Studiosで事前収録されたライブの模様を、振り返ってみたい。

宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
映像配信は、リラックスした装いの宇多田がバンドメンバーとスタジオ内に入室するシーンから始まった。スタンドマイクの前に立ち、鳥か獣のようにユーモラスな声を放って、周囲の笑顔を誘う宇多田。メンバーは、近年の宇多田作品やライブのバンマスとしても活躍してきたジョディ・ミリナー(Musical Director・B)や、アール・ハーヴィン(Dr)、ヘンリー・バウアーズ=ブロードベント(Key・G)、ルース・オマホニー・ブレイディ(Key)、ウィル・フライ(Percussion)、ソウェト・キンチ(Sax)、そして傍にはルーベン・ジェイムズ(Key)が控えるという顔ぶれだ。

宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
ギターとキーボードのコードストロークに導かれ、滑らかなディスコグルーヴを立ち上がらせるのは、ニューアルバムのタイトルチューン“BADモード”だ。《絶好調でもBADモードでも/君に会いたい》《今よりも良い状況を/想像できない日も私がいるよ》。宇多田のソウルフルな美声が表情豊かなサウンドの中を伝い、サックスのフレーズやラテンパーカッションが加わって自然な高揚感を誘う。《ウーバーイーツでなんか頼んで/お風呂一緒に入ろうか》という歌詞は、対象が家族でも恋人でも友人でも問わない、驚異的にポピュラーなメッセージの射程を表している。

宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
幻想的なリフレインから始まる“One Last Kiss”は、これがライブ演奏なのかという正確無比なサウンドに息を飲む。派手な動きや視覚演出を排した映像だからこそ、パフォーマンスの凄味がクリアに伝わるのだ。ジョディはシンセベースで感情の蠢きを増幅させ、宇多田自身も手元の鍵盤コントローラーでボーカルサンプルを制御している。そこから、甘い狂気を描き出す“君に夢中”、内に秘めた思いが強力なグルーヴ感をリードする“誰にも言わない”と、ポップカルチャーを彩ってきたデジタルシングル群が続けざまに披露されてゆく。シンセサウンドやプリセットのビートも、人間らしい息遣いの中へと取り込み、生々しく躍動させるさまが素晴らしい。

宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
資生堂のキャンペーンソングに起用された英語詞の“Find Love”は、『BADモード』というアルバムのテーマにも深く呼応する楽曲だ。80's的なシンセポップから、ベースミュージック的なインナートリップ状態へと変化してゆく独特の構造が、ライブ演奏に映える。しかし、そこで難解な印象をもたらすことなく、一貫してキャッチーに届けてしまうのは宇多田のソングライターとしての手腕ゆえだろう。時代や地域といった音楽的背景の属性を踏み越えてゆくハイパーポップの時代、宇多田はそれを先取りしていたアーティストと言えるかもしれない。一曲一曲の演奏に没入し、演奏がひと段落するたびに満足・安堵するような表情も印象的だ。

宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
ヒップホップ/R&Bのビート感覚も難なく、豊穣なサウンドで表現してしまう“Time”を経て、“PINK BLOOD”以降の2曲ではキーボード演奏にルーベン・ジェイムズも加わる。ルーベンの美麗なピアノから始まる“Face My Fears (English Version)”は、繊細な歌心を汲み取りながらダイナミックに変化してゆくバンド演奏が見事である。そして驚きだったのが、Utada名義によるアルバム『Exodus』(2004年)に収録された“Hotel Lobby”の披露だ。自身のマインドを直視するこの懐かしい曲は、しかし不思議と古さを感じさせることもなく、『BADモード』の表現にフィットしている。

宇多田ヒカル/「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
そして、爪弾かれるアコギのリフレインに導かれた“Beautiful World (Da Capo Version)”が、大胆にして美しいアレンジでライブ披露されるさまも改めて感慨深い。宇多田とポップカルチャーが共に歩んできた歴史を物語る、そんな一曲と言えるだろう。最後にはまたもや、『Exodus』から“About Me”が届けられる。切実さとユーモラスさをない交ぜにしたメロディで、共に生きてゆくために必要な「理解」を問う。なぜ、今回の配信ライブでこの曲が披露されたのか、考えてみる価値はありそうだ。1時間弱という内容ではあったけれども、『BADモード』収録曲だけには止まらないパフォーマンスの奥行きが、深い余韻を残すライブであった。

「普段は共有できない、中の、奥のほうの特別な空間を初めて共有できた気がしているので、みんなもそれを感じていてくれたらいいな、と思います。今日は時間をありがとう。それと、みんな元気で! また会いましょう」。パフォーマンスを終えたのちに、宇多田は英語と日本語でそれぞれそんなふうにメッセージを添えた。誰の内にも「BADモード」はある。それと向き合ってゆくための、最新ライブパフォーマンスであった。なお、『BADモード』初回生産限定盤のDVD/BDには、今回のライブ映像に加えボーナストラックとして“Face My Fears (Japanese Version)”のパフォーマンスも収録される予定だ。(小池宏和)


”BADモード”

“Find Love” Live ver.

”Face My Fears (English Version)” Live ver.


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