①Automatic
《七回目のベルで受話器を取った君/名前を言わなくても声ですぐ分かってくれる/唇から自然に零れ落ちるメロディー/でも言葉を失った瞬間が一番幸せ》デビューシングル『Automatic/time will tell』の1曲であり、宇多田ヒカルの名を世間に広く知らしめたナンバー。他者がいてこそ湧き上がる恋愛感情を《It’s automatic〜》と歌うさまは、リリース当時15歳の強烈な個性や主体性以上にリアリティを持った表現として衝撃をもたらし、また《嫌なことがあった日も/君に会うと全部フッ飛んじゃうよ》とグルーヴを乗りこなすところも印象深かった。しかし、ここで取り上げたいのは歌い出しの部分。物語の中へと一気に引き込むこの歌詞の力強さは、今も色褪せることがない。宇多田ヒカルの歌詞は、デビュー曲の歌い出しから凄かった。
②First Love
《最後のキスは/タバコのflavorがした/ニガくてせつない香り》初期の名バラードであり、デビューアルバムのタイトルチューン。1999年にTVドラマのテーマ曲に用いられ、シングルとしてリカットされた。《You are always gonna be the one/今はまだ悲しい love song/新しい歌 うたえるまで》というサビ部分も素晴らしいが、やはり注目したいのは歌い出しの部分。五感と強く結びついた記憶に触れることで、ただ大人びた歌というよりも強烈なポピュラリティを導き出している。また「味」でも「匂い」でもなく《flavor》だという、概念を尊重して言語を選択する宇多田の手法は、後の“Addicted To You”などにも活かされている。
③For You
《誰かの為じゃなく/自分の為にだけ/歌える歌があるなら/私はそんなの覚えたくない/だから For you…/慣れてるはずなのに/素直になれるのに/誤解されると張り裂けそうさ/だから I sing this song for you》6作目のシングル『For You/タイム・リミット』より。世間の喧騒を掻き消すようにヘッドフォンの中に意識を埋める、音楽をプライベートなツールとして捉えた描写がありながら、サビ部分では個々の世界を繋ぐツールとしてメッセージに変えてみせるダイナミックな跳躍が素晴らしい。彼女にとって音楽とは最初から、人それぞれの「閉じた世界」を繋ぐ魔法だったのだろう。《一人じゃ孤独を感じられない》、《君にも同じ孤独をあげたい》という本質を抉り出したフレーズにも、彼女の表現者としての覚悟の大きさが横たわっている。
④光
《完成させないで/もっと良くして/ワンシーンずつ撮って/いけばいいから/君という光が私のシナリオ/映し出す》通算10作目のシングル曲。ゲーム『キングダム ハーツ』シリーズのテーマ曲として用いられてきた。眩く焚かれるフラッシュライトのように、感光するフィルムのように、瞬間に注視する宇多田ヒカルの感性が迸るナンバーだ。他者との関係性を歌い込むスタイルは一貫しているが、《君という光が私のシナリオ》というフレーズの裏側には、願わくば君にとっての自分も光でありたいという思いが潜んでいるだろう。もちろん、リスナーにとっての光とは、ヒカルのことに他ならない。2017年には“光 -Ray Of Hope MIX-” (Remixed by PUNPEE)が配信シングルとしてリリースされた。
⑤Deep River
《剣と剣がぶつかり合う音を/知る為に託された剣じゃないよ/そんな矛盾で誰を守れるの》3作目のアルバム『DEEP RIVER』のタイトルチューン。2コーラス目の歌い出しにあたるこのフレーズは、終盤の《どこでも受け入れられようと/しないでいいよ/自分らしさというツルギを皆授かった》という歌詞に繋がっている。戦うこと・守ることについてメッセージを打ち出したこの曲の時代背景には、米国の同時多発テロ事件を引鉄にしたアフガニスタン紛争もあった。《ツルギ》をドラマツルギー(社会学では役割の印象操作といった意味合い)として解釈するのは、穿ち過ぎだろうか。《やがてみんな海に辿り着き/ひとつになるから怖くないけれど》という死生観が重く響くナンバーだ。