クリープハイプのラブソングは、一本筋ではいかないものが多い。中には“ボーイズENDガールズ”のようなピュアなナンバーもあるが、曲に出てくる主人公たちはいつも素直になれず、やるせなさや情けない気持ちを抱えている。もちろん素直になった方が絶対良いに決まっているけれど、恋愛において不安定な感情が心を支配してしまうことは往々にしてあるし、そんなもどかしさも含めて恋愛の醍醐味なのではなかろうか。きっと綺麗ごとだけでは、本当の愛なんてわからない。傷ついて傷つけられて、後悔の日々を重ねて、ようやく気付ける真実だってある。尾崎世界観(Vo・G)が紡ぐ繊細なストーリーからは、そんな愛の本質が見え隠れする。(渡邉満理奈)
①左耳
一緒の部屋で生活を共にするような親密な関係の相手でも、結局は他人同士だから知り得ないことは沢山ある。でも、いざその事実を目の当たりにすると、どうしても寂しくなってしまうもの。≪左耳知らなかった穴 覗いたら昔の女が居た/アタシは急いで ピアスを刺す≫。もしかするとこのピアスホールは、前の彼女と一緒に開けたもので、おそろいのピアスなんかを着けていたのかもしれない。それを見つけた「アタシ」がとった行動は、紛れもなく愛情ゆえの嫉妬と言える。しかし、恋人の前では冷静を装って≪別にそれもう要らないし≫とクールに言い放つのだ。
②あの嫌いのうた
≪僕は君が嫌いです 本当に君が嫌いです≫と突き放しても、結局同じ場所に帰って来てしまう。でもそんな情けない自分自身もまた嫌だという、≪キライ≫の堂々巡りが苦しい。素直なものに憧れていても実際にそうなれなければ、どんどん塞ぎ込んでいってしまうだけ。伝えるということは何も恋愛だけではなく全ての人間関係において重要なものだけれど、少しも戸惑ったり間違ったりせず簡単に伝えられるとしたら、私たちはこんなに悩まないはずだ。その時は確かに本心を言ったつもりでも、後になって感情的だった自分に気付くこともある。
③ウワノソラ
≪大好きと大嫌い/の間でのたうち回ってる≫。この感覚は苦い恋愛を経験した人ならば誰もが共感できるかもしれないが、実はバンドのことを歌っているようにも聴こえる。ファンならばご存知のとおり、クリープハイプは数々のメンバーチェンジを経てきたバンドだ。メンバーが全員抜けて独りになってしまった時期もあったが、尾崎はバンドにこだわって「クリープハイプ」を名乗り続けた。≪やる気ないなら辞めてくれ息してるだけで煩いし≫。そのフレーズからは活動がうまくいかない苛立ちと、音楽への愛情の狭間でもがいていた尾崎の姿が浮かび上がってくる。
④ラブホテル
この曲に出てくる「私」と「君」は友達以上でも、恋人同士ではない。つまり身体だけの関係にしかなれなかった短くて儚い恋だったのだろう。本当は≪何もしないから少し休もうか≫なんて言ってきた不誠実な相手を責めてしまいたいけれど、夏の開放的な気分のせいにすることで無理やり自分を納得させようとする主人公の恋心は、ある意味で健気とも言える。松居大悟が監督を担当したストーリー仕立てのMVも傑作で、フルバージョンで観るとメンバー全員が同じ女優に手を出すという際どい内容。それでも4人の演技がなかなか様になっていて面白い。
⑤寝癖
相手の嘘に気付かないふりをするために、自分を誤魔化すことは辛い。それでもずっとそばに居たいから正直な気持ちを言えずにいる。ふたりはこのギクシャクした空気の中で一緒に暮らしていて、現状維持のためにお互い知らんふりをし続けるのだ。恋愛は年数が長ければ長いほど倦怠感や不安も生まれるが、それを「寝癖」という生活に溶け込んだテーマで描き出した名曲。≪新しい君の髪型はもう全然似合ってなくて/こんな事になるんなら寝癖のままでよかった≫という箇所からは、「君」が髪型を変えた理由に第三者の存在が感じ取れる。
⑥リバーシブルー
≪いつも会いたくない会いたくない会いたくない/そんな気持ちとは真逆の気持ち≫――つまり「会いたい」わけで素直にそう言えばいいのに、わざわざ遠回りをしてしまう。やっと曲の最後で≪会いたいな≫という言葉が出てきても、どうしても≪の逆の気持ちの真逆の気持ち≫を付け足さずにはいられない。この突き抜けた捻くれっぷりこそ、クリープハイプの真骨頂。裏腹な気持ちと夏のイメージ「ブルー」が掛かっているタイトルにも、ダブルミーニングを巧く使いこなす尾崎ならではのセンスが光っている。
⑦ただ
≪もうこんなことやってられるかよ≫、≪今日でやめてやるよ クソ クソ クソ≫。そう激しく突っぱねたと思いきや、次の瞬間には≪あっ、嘘 こっちみて≫、≪ねぇ、ただ好きなんだ≫と甘い言葉を畳み掛ける。クリープハイプの楽曲の中でも究極のツンデレソングであり、聴いていると心が解れていくような優しい気持ちになれる。ここまで素直に感情が曝け出された曲は珍しくもあったが、まさにこの辺りから「やるせない気持ちを疾走させる」だけじゃなく、心地よいポップメロディにストレートでわかりやすい感情をのせるというのもクリープハイプの新たな方法のひとつとして定着していった。
⑧お引っ越し
恋人と暮らしていた家を離れる時の寂しさが歌われている。相手が荷造りを手伝ってくれないあたり、もしかするとふたりは喧嘩別れだったのかもしれない。≪「じゃあ出て行く」って言ったら 止めると思うよ普通≫というフレーズには、本当はそうしてほしかったという面倒くさい本音が滲み出てしまっている。そして≪大きくて小さいどこにも入らない荷物≫は、まだ残っている恋人への愛情のことなのだろう。カントリー風の明るい曲調のせいもあってか、主人公の素直じゃない部分がどこかコミカルで、可愛らしくも思えてくる。
⑨バンド 二〇一九
もともとは2016年リリースの4thアルバム『世界観』に収録されていた曲。今のメンバーが揃って10周年というアニバーサリーを迎えた2019年に、再構築バージョンが配信された。≪ギターもベースもドラムも全部 うるさいから消してくれないか≫、≪こんな事を言える幸せ 消せるということはあるということ≫その歌詞からは、不器用なりにバンドを愛していることが伝わってくる。面と向かっては照れくさくて言えない正直な想いを、尾崎は歌に込めたのだ。もはやメンバーに宛てたラブソングとも言える、4人にとってもファンにとっても特別な一曲。
⑩愛す
“愛す”と書いて「ブス」と読む問題作。ホーンの音が高揚感を誘う新鮮なサウンドに、思わず身体を揺らしたくなるゆったりしたテンポ、でも歌詞はとにかくぶっ飛んでいる。愛しさのあまり「ブス」と憎まれ口をたたく、≪やっぱりそばには 君じゃなくちゃダメだな≫という気持ちを「蕎麦」と「黄身」に例えて誤魔化す……いつもにも増して心の捻れ具合が凄まじいが、だからこそサビにぽつんと置かれた≪ごめんね 好きだよ さよなら≫が余計に切なく響く。クリエイティブチーム・AC部によって製作された強烈なインパクトを残すMVも、公開直後から大きな話題を呼んでいる。