【10リスト】エレファントカシマシ、一生聴き続けられる名曲10はこれだ!

【10リスト】エレファントカシマシ、一生聴き続けられる名曲10はこれだ!
3月17日のツアーファイナル&18日のスピッツMr.Childrenとの競演にさいたまスーパーアリーナ2Days沸騰! そして6月6日(水)には待望の23rdアルバム発売!……と「デビュー31周年」もますますハイエナジーに疾駆するエレファントカシマシ。宮本浩次の「文学愛好者目線のロック批評」と「すべてをなぎ倒すロックの衝動そのもの」のせめぎ合い越しに、美麗なメロディも衝撃のロックナンバーも時代に刻みつけてきた――その唯一無二のバンドヒストリーの中でもひときわ象徴的な10曲を、今こそここに改めて記しておきたい。(高橋智樹)


① ファイティングマン

エレファントカシマシがシングル『デーデ』&アルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』でデビューを飾ったのが1988年3月21日。その1stアルバムの幕開けを飾っていた“ファイティングマン”のアンセミックなロックの中にも、《黒いバラとりはらい 白い風流しこむ oh yeah/悪い奴らけちらし 本当の自由取り戻すのさ》と宮本の闘争心と美意識が濃密に吹き荒れている。当時のロックについて「何か気取ってるように見えちゃうんですよ」と語り、伝説の「客電つけっ放しライブ」など歓声も拍手もないストイックなライブを展開しながら、己の衝動と才気をダイレクトに解き放つ術を必死に模索していたことが伝わってくる。


② 奴隷天国
《太陽の下 おぼろげなるまま/右往左往であくびして死ね》という戦慄の絶唱で始まるこの曲が、メジャーレーベルのシングル表題曲として発表されていた――というのは2018年の今では想像し難いことだろう。宮本の中で高圧凝縮された行き場なきルサンチマンが、熾烈なロックンロールとして時代の虚空に逆噴射されたような“奴隷天国”。近年でもライブで披露されているが、《何笑ってんだよ/何うなずいてんだよ/おめえだよ/そこの そこの そこの/おめえだよ/おめえだよ》と聴く者ひとりひとりの胸倉掴んで挑みかからんばかりの切迫感は、21世紀の楽曲にはほとんど見られない「触れたら危険なロック」をこの上なくリアルに体現するものだ。


③ 悲しみの果て

1994年の7thアルバム『東京の空』を最後にエピックとの契約終了&事務所解散、という苦境から生まれる乾いた寂寞感を《悲しみの果てに/何があるかなんて/俺は知らない/見たこともない》という言葉と至上のメロディに託した起死回生の1曲。後に、宮本自身はインタビューでこの曲を「余技だ」と振り返っているが、その言葉はむしろ、当時の宮本が思い描いていた「歌もの路線」の期待値の高さを物語るものでもある。1996年4月に“四月の風”との両A面シングルとして発売された後、グリコCMへの起用を機に“うれしけりゃとんでゆけよ”をカップリングとして同年11月にもう一度シングルとしてリリースされている。


④ 今宵の月のように

昨年大晦日の『紅白歌合戦』でも披露されたこの楽曲は当時、自身初のドラマ主題歌として書き下ろされたもの。ポニーキャニオン移籍前の空白期間に「『俺はMr.Childrenになるんだ!』と思った」という意欲とともに「歌とバンドサウンド」の関係性を再構築してみせた宮本とエレファントカシマシの最高到達点というべき名曲であり、テレビなどへの積極的な露出も奏功してバンド史上最大のヒットナンバーとなった。が、当の宮本自身は「俺はGLAYを見てですね、3日間具合悪くなっちゃったんですよ。『これはどうあがいても、この方法論で奴らに対抗することは不可能だ、太刀打ちできない!』って」と明かすほどの挫折感に苛まれ、バンドアレンジを模索する宮本は逆に打ち込みによる作曲へと没頭することになる。


⑤ ガストロンジャー

宮本がリズムマシンとMTRで作曲を行った10thアルバム『愛と夢』(1998年)を最後に、ポニーキャニオンから東芝EMI(当時)へ2度目の移籍を果たしたエレファントカシマシ。同じく打ち込みで作られた楽曲ながら、歌もの路線を突き詰めた後期ポニキャン時代とは一転して、獰猛なまでの「戦う男」としてのバイタリティを全開放。激烈ミクスチャーサウンドと《化けの皮剥がしにいこうぜ》のフレーズとともに、敗戦後の日本が築いた渾身の繁栄とその果てに訪れた「戦わない時代」への強烈なアンチテーゼを、武士道にも似た自らの人生観/価値観とともに轟然と打ち立ててみせた。


⑥ 歴史

時代と向き合うロックバンドとして「戦う目的」を求める寄る辺なき魂は、“生命賛歌”、“化ケモノ青年”といったシングル曲を通していよいよ孤高の色を増していく。そして、アルバム『扉』の冒頭のこの楽曲で、《ぼくら死に場所を見つけるんだ。それがぼくらの、ぼくらの未来だ。》とその凄味はいよいよ極限に達する。官僚として権力闘争に揉まれ、晩年は作家として鋭利な筆致を見せた文豪・森鷗外をテーマにしたこの曲に関して、「時代がどうしても非常に豊かですからね。『死がここにある』っていうのを意識するチャンスもなかなか少ない。それを意識した、ギリギリのポップさっていうか、そういうのがいいんじゃないかな」と語っていた宮本の言葉が、当時のモードを雄弁に物語っている。


⑦ 俺たちの明日

デビュー20周年を目前にユニバーサルへと活動の場を移したエレファントカシマシの移籍第1弾シングル。当時、この楽曲について「《黒いバラとりはらい》(“ファイティングマン”)を、今の言葉で言ったら《さあ がんばろうぜ!》だったのかもしれない――っていうことに、曲で答えを出せたんですよね。要するに、新しいテーマに出会えたんですね」と語っていた宮本。YANAGIMAN(“俺たちの明日”)、蔦谷好位置(カップリング“さよならパーティー”)といったアレンジャー陣とともに、「ロックであること」と「いい曲であること」という宮本のふたつの至上命題に向き合い、40代を迎えた宮本の世代感も含めたメッセージを伸びやかなメロディへと昇華してみせた重要曲。


⑧ 桜の花、舞い上がる道を

以前にも書いたが、エレファントカシマシは2007年のユニバーサル移籍後の約11年間で、アルバム5作品に対して、実に17作品のシングルを発表している。名曲志向とバンドサウンドの関係性の何度目かの再構築の結果として新たに獲得したロックソングの色彩感とスケール感が、EMI後期には思うように報われなかったシングル志向と渾然一体となって咲き乱れているこの時期の空気感を、最も鮮明に伝えているのがこの“桜の花、舞い上がる道を”だろう。《桜が町彩る季節になると いつも/わざと背を向けて生きてたあの頃》と《でも例えりゃ人生は花さ 思い出は散りゆき/ああ 俺が再び咲かせよう》のコントラストは、己の情熱とソングライティングを心行くまで発揮できる全能感と喜びの証そのものだ。


⑨ 夢を追う旅人

バンド黄金期を刻一刻と更新し続けていた中、2012年には宮本の左耳急性感音難聴により一時ライブ活動休止。しかし、翌年には怒濤の復活を遂げ、2014年1月には自身初のたまアリ単独公演を敢行――といった激動の日々の軌跡を、22ndアルバム『RAINBOW』(2015年)に刻み込んだ直後のシングルナンバー。《さあ行こうぜ どでかい明日へ 友よ 夢を追う旅人よ》というパワーワードに満ちたロックバラードを、力の限りの咆哮を割れんばかりに突き上げるのでもなく、いともしなやかなアティテュードでもって歌い上げるそのモードが、これまでの楽曲群とは別種の訴求力をもって響く。“夢を追う旅人”は明治CM曲、両A面のもうひとつの表題曲“i am hungry”はドラマのオープニングテーマ、というWタイアップシングルとしてリリースされた。


⑩ RESTART

現時点での最新シングル『RESTART / 今を歌え』に収められたこの曲が、《俺は日本生まれの 夢見る男/胸には理想が渦巻き 見上げる空はどこまでも高かった》というフレーズから始まることを感慨深く受け止めた人は少なくなかったと思う。文字通りエレファントカシマシの/宮本浩次の核心を、デビュー30周年のアニバーサリーイヤーを機にどでかくドライブさせ炸裂させるような原点回帰感と、30年のロック探求の歴史が同時再生されているようなタフ&タイトなサウンドが渾然一体となって、バンドの「その先」をまっすぐに指し示している。《RESTART やっぱり本気な方がいい いずれ滅びる命なら》、《時に今に立ち返れ立ち向かえここからがRESTART》といった言葉のダイナミズムは間違いなく、エレファントカシマシというバンドが一歩一歩突き進んできた道程なしには生まれ得なかったものだ。

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