【10リスト】私たちの心を揺らしたクリープハイプの名歌詞10

【10リスト】私たちの心を揺らしたクリープハイプの名歌詞10
尾崎世界観は、間違いなく21世紀最高峰のリリシストの一人だ。小綺麗な虚飾をすべて削ぎ落とした言葉で抜き差しならない毎日のリアリティを暴き、心の深い部分に蠢く「本当のこと」を共有させてしまう。繊細な文学的比喩から音楽的に響く言葉のリフレインまでを巧みに使いこなすその歌詞は、率直に聴こえるようでも、思い悩んで絞り出した痕跡と費やした膨大な時間が浮かび上がっている。ここでは、クリープハイプ作品の中から尾崎が手がけた10曲の歌詞を振り返り、考えてみたい。(小池宏和)


① 左耳

《左耳知らなかった穴 覗いたら昔の女が居た/アタシは急いで ピアスを刺す》


現行メンバーの4人が揃い、初めてリリースされたアルバム『踊り場から愛を込めて』収録曲。MVも制作された。左耳の小さなピアス穴に、決して手に入れることのできない《君》の過去の時間を見つけ、《アタシ》との絶望的な距離感を立ち上らせている。《それで起きて 寝呆けた顔して/これくれるのなんて聞いてくる 別にそれもう要らないし》というラインが続くのだけれども、現実を受け入れてゆく思考のスピード感がまたスリリングだ。


② あの嫌いのうた

《僕は僕が嫌いです 本当に僕が嫌いです/この歌も この歌も この歌も/何も伝えられなかったと昨日、情けないこの感じも》

「嫌い」という感情がとめどなく溢れ出すフックも強烈な1曲。嫌いだからと突き放して片付けられることなら、たいした問題ではない。ここにあるのは、現実を受け入れるために伝えるしかなかった丸裸の感情である。「嫌い」という感情とまっすぐ対峙することで、尾崎世界観は曖昧な「好き」よりも遥かに切実な表現を手にすることができた。クリープハイプの歌の根底には、常にこの安直な気休めを拒絶する「嫌い」が横たわっている。


③ イノチミジカシコイセヨオトメ

《明日には変われるやろか/明日には笑えるやろか/札束三枚数えては 独りでつぶやく スキキライスキ》

インディーズ時代から音源化されていたナンバーのひとつ。幼少期の甘い記憶と、ピンサロ嬢として生きる今日が一瞬にして結びつけられる。そこには、まわりくどい顛末の描写などは皆無。当事者にとっては、その仕事で収入を得ているという現実が最も重要なのだから。《いのち短し 恋せよ少女(おとめ)》というフレーズはもともと、大正時代の流行歌“ゴンドラの唄”の歌い出しであり、黒澤明の映画『生きる』で主人公が口ずさむシーンでも有名だ。


④ 社会の窓

《曲も演奏も凄く良いのになんかあの声が受け付けない/もっと普通の声で歌えばいいのにもっと普通の恋を歌えばいいのに/でもどうしてもあんな声しか出せないからあんな声で歌ってるんなら/可哀想だからもう少し我慢して聴いてあげようかなって/余計なお世話だよ》


デビューシングルのセールスを話題に持ち出すファンの心情を克明に描写した、セカンドシングル曲。“あの嫌いのうた”で歌われていた感情を他者から指摘されることで、それを踏み台に吐き捨てるような《愛してる 今を愛してる》という肯定へと到達してしまう強烈な1曲。クリープハイプの歌詞を指して「愛憎入り混じった」という表現をしてしまいがちだけれども、“社会の窓”はファンの心情と100パーセント誠実に向き合った愛の形に他ならない。


⑤ 寝癖

《君が嘘をつく次の日は決まって変な寝癖が/無造作なんて都合の良い言葉では誤魔化せない位凄いのが/あたしはいつでもそれに気付いてない振りをして/癖っ毛で情けない言う事聞かない自分の気持ちを誤魔化す》


レーベル移籍後の2014年5月にリリースされたシングル曲。《癖っ毛で情けない言う事聞かない自分の気持ちを誤魔化す》という思いは、そのまま尾崎世界観が抱える表現者としての「業」になぞらえることもできるだろう。しかし彼はここで「業」に悪態を吐くのではなく、生活感の中で思いのすれ違う切ない筆致へと昇華させ、ラブソングとして完成させている。活動の新たなスタートラインに相応しい、「業」と向き合い続ける決意のナンバーだ。


⑥ 百八円の恋

《誰かを好きになる事にも/消費税がかかっていて/百円の恋に八円の愛/ってわかってるけど》


映画『百円の恋』主題歌であり、この頃からクリープハイプは映像作品やCMなどのタイアップ曲を手がける機会が増えてくる。脚本を読み込み、物語にがっちりと寄り添いながらも捻りを効かせたタッチのテーマ曲として仕上げられている。《痛い》と《居たい》という2語で韻を踏みリフレインさせることで、物語の主題をズバリと言い表すサビ部分のアイデアも見事というより他にない。クリープハイプ作品の新たな可能性を証明した1曲だ。


⑦ リバーシブルー

《いつも曖昧な不安定なありきたりな/「君と世界を」とか そんな気持ちとは真逆のアレでも/会いたくない会いたくない会いたくない/そんな気持ちとは真逆の気持ち》


4人が奏でるディスコグルーヴに乗せて、ややこしく入り組んだ憂鬱な心象を小気味好く伝えてしまうバンドマジックの逸品。ここで抜き出した歌詞はサビ部分だが、靴紐の結び目に心模様をなぞらえて綴った部分も含めて全編が素晴らしい。単純明快なことばかりを歌うことがポップなのではなく、人間らしい面倒な一面について共感を得ることこそがポップなのだという、クリープハイプの意地にも似た作風がシングル曲として花開いている。


⑧ 破花

《どうして どうして どうして どうして どうして/疑う事で何か始まる/どうして どうして どうして どうして/信じる者は足を掬われる/白紙の海泳ぐ黒い線にいつか 真っ赤な花が咲くその日まで》


代々木ゼミナールのCM曲として書き下ろされたシングル曲だが、受験勉強へと向かう人々に温かく優しい励ましを投げかけるというよりも、焦燥感にまみれた曲調で孤独な苦闘を描いている。すでに大人のバンドとなったクリープハイプが、受験生にこれだけ熱いシンパシーを寄せることができたことには驚きを禁じ得なかった。尾崎世界観は、ソングライティングの孤独な苦闘を受験勉強と重ねて見ていたはずだ。筆圧の高さとメッセージの真剣さがイコールで結ばれた楽曲。


⑨ 栞

《途中でやめた本の中に挾んだままだった/空気を読むことに忙しくて 今まで忘れてたよ/句読点がない君の噓はとても可愛かった/後ろ前逆の優しさは、すこしだけ本当だった》


もともとは「FM802 × TSUTAYA ACCESS!」キャンペーンソングとして尾崎が作詞作曲、豪華シンガー陣が参加した楽曲だったが、クリープハイプのバージョンとして最新アルバム『泣きたくなるほど嬉しい日々に』に収録。絶え間なく移ろいゆく季節の中、かけがえのない一瞬を繊細な詩情で書き留め、華やかな曲調で解き放った。「栞」というテーマは、自身が広く知られる文筆家となった尾崎にとって余りにも身近で、照れ臭いテーマだったかも知れない。しかしその一線を乗り越えてこそ、彼はこの名曲を生み出すことができたのだ。


⑩ 泣き笑い

《泣きたくなるほど嬉しい日々に/答えはないけど手をあげてよ/恥ずかしい今も抱きよせて/間違っても笑ってよ》

アルバムのタイトルにそのまま流用されたフレーズをサビ部分に据え、《全部好きでいてあげる》という最終センテンスに着地するナンバー。あらゆるパートの音が力強い確信に満ちたこの曲で、クリープハイプは間違いもひっくるめた大いなる肯定のメッセージを導き出している。この思いを伝えるまでの逡巡が、サビへと至る歌詞の中に巧みなタッチで綴られているので、しっかり受け止めてほしい。無数の泣き笑いを潜り抜けてきたからこそ歌うことができたメッセージだ。


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