※2022/05/26 更新
① Replay
《はぐれた時間の隙間なら きっとすぐ埋まるよ/ためらいのない想いが甦る》アルバム『EVERYTHING』でメジャーデビューを飾ってから1年4ヶ月の間に立て続けに3作のアルバムをリリースしたMr.Childrenが、3rdアルバム『Versus』のリードシングルとして発表した“Replay”。《髪を切るだけで 忘られるような/恋じゃないだろう/3年目のジンクスなど 怖くはないけど》といった言葉に、長く寄り添う「君」への想いの揺らぎや不安を重ね合わせつつも、上記の頭サビの歌詞が福音のように降り注ぐ――内省と葛藤越しに珠玉のラブソングを紡ぐ桜井の文体には、その後の「時代の苦悩をポップへ昇華する表現者」への進化の予兆が窺える。なお、3rdシングル表題曲となるこの楽曲は「ポッキー」CM曲に起用され、続く“CROSS ROAD”とともに翌年の大ブレイクへの足掛かりとなった。
② innocent world
《いつの日も この胸に流れてる メロディー/軽やかに 緩やかに 心を伝うよ/陽のあたる坂道を昇る その前に/また何処かで 会えるといいな イノセントワールド》突き抜けるようなメロディとサウンド、「アクエリアス」CMタイアップとの相乗効果で200万枚近い大ヒットを記録したこの曲はしかし、《軽はずみな言葉が 時に人を傷つけた そして君は居ないよ》《様々な角度から 物事を見ていたら 自分を見失ってた》と都市の喧騒に翻弄される憂いと自問自答そのものが楽曲の原動力になっているし、「我思う故に我在り」的な哲学にも通じるアティテュードをポップミュージックに持ち込んでシーンの表舞台で炸裂させるという、トロイの木馬的なスリルすらも備えていた。そして、それでも《変わり続ける 街の片隅で 夢の破片が 生まれてくる》とその先に一抹の希望を描き、サビのフレーズを変容させながらクライマックスへ向けて超高気圧的な開放感を生み出してみせる――桜井和寿という才能に日本中が追いついた決定的瞬間だった。
③ 深海
《失くす物など何もない/とは言え我が身は可愛くて/空虚な樹海を彷徨うから/今じゃ死にゆくことにさえ憧れるのさ》前述の“innocent world”を収めた4thアルバム『Atomic Heart』から一転、ピンク・フロイド的な重厚なコンセプト性に貫かれた5thアルバム『深海』の表題曲にしてラストナンバー。時代の混沌の中を彷徨いながら、太古の昔から存在し続ける「生きた化石」ことシーラカンスに想いを馳せる“シーラカンス”。そして、《今じゃ死にゆくことにさえ憧れるのさ》と歌う“深海”……この2曲の間で呼応し合うシリアスな心象風景を、まさに時代の寵児となっていたMr.Children・桜井和寿が歌うことに、1996年当時も大きな衝撃を受けたのを覚えている。“深海”の最後で幾度も歌われる《連れてってくれないか/連れ戻してくれないか/僕を 僕も》のフレーズは、ポップミュージックの頂に登っても、いや登ったからこそ抗い難く自らにのしかかる苦悩そのもののように思えて、今改めて聴いてもゾクゾクする。
④ 終わりなき旅
《閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて/きっと きっとって 僕を動かしてる》桜井和寿24歳の時に“innocent world”でMr.Childrenが大ブレイクを果たした後、13thシングル『Everything (It's you)』&アルバム『BOLERO』までシングル8枚・アルバム3枚をリリースしてバンドが一時活動休止したのは、桜井が27歳になったばかりの1997年3月のこと。休止中のシングル『ニシエヒガシエ』を挟んで、活動再開を告げたシングル表題曲が“終わりなき旅”。7月オンエアの『関ジャム 完全燃SHOW』で音楽プロデューサー・杉山勝彦が「曲中に9回転調」、「7分以上の曲のうち97%のリズムギターが同じリズム」と分析していた通り、威勢のいい疾走感によってではなく、疲労感もプレッシャーもニヒリズムも抱えながら、《いいことばかりでは無いさ》と喝破しつつ、それでもなお《でも次の扉をノックしたい》と沸き立つ桜井自身の冒険精神そのものを、その音楽探究心も含めリアルに描ききった1曲。《時代は混乱し続け その代償を探す/人はつじつまを合わす様に 型にはまってく/誰の真似もすんな 君は君でいい/生きる為のレシピなんてない ないさ》と黙示録的に響くフレーズが、楽曲全体に複層的な奥行きを与えている。
⑤ 蘇生
《でも何度でも 何度でも/僕は生まれ変わって行く/そしていつか君と見た夢の続きを》“蘇生”とこの後の“Any”、“HERO”がリリースされた2002年は、Mr.Childrenにとってデビュー10周年のアニバーサリーイヤーでもあった。が、現在開催中のツアー「Thanksgiving 25」のMCで「ノストラダムスの大予言」からの流れで2002年を振り返った桜井は「まだ若かったし、素直じゃなかったし、『10周年おめでとう』って言ってくれる人も、どうせすぐに他のところに行ってしまうと思っていた」と、当時の自らの状況を極めてシニカルに捉えていたことを明かしていた。そんな桜井が《胸を揺さぶる憧れや理想は/やっと手にした瞬間に その姿消すんだ》という辛辣な言葉に続けて《でも何度でも 何度でも/僕は生まれ変わって行く》と高らかに歌った意志とバイタリティに、今も胸が震える。なお、『IT'S A WONDERFUL WORLD』リリース直後に予定されていたツアーが桜井の入院により中止となったが、2002年末に横浜アリーナで開催された復活公演で“蘇生”が披露されたことに、感慨と感動を禁じ得なかったのは僕だけではないはずだ。
⑥ Any
《今 僕のいる場所が 探してたのと違っても/間違いじゃない きっと答えは一つじゃない》「10周年」つながりでNTT docomoの10周年記念キャンペーンソングとして提供されたのがこの“Any”だが、《上辺ばかりを撫で回されて/急にすべてに嫌気がさした僕は/僕の中に潜んだ暗闇を/無理やりほじくり出してもがいてたようだ》というおよそタイアップ曲らしからぬ歌い出しにも、前述のような葛藤が滲んでいるように見える。そこから《真実からは嘘を/嘘からは真実を/夢中で探してきたけど》という一節を経て、トップノートへ駆け上がるメロディとともに上記の《今 僕のいる場所が〜》というメッセージを掲げ、さらに《何度も手を加えた 汚れた自画像に ほら また12色の心で 好きな背景を描きたして行く》と自分自身をアップデートしていくことを宣誓する――己の立つ場所と足取りを自らの楽曲の中で確かめていくその姿勢は、“足音 ~Be Strong”など近年の楽曲にも脈々と生き続けている。
⑦ HERO
《ずっとヒーローでありたい/ただ一人 君にとっての/ちっとも謎めいてないし/今更もう秘密はない/でもヒーローになりたい/ただ一人 君にとっての/つまずいたり 転んだりするようなら/そっと手を差し伸べるよ》この曲が収められた11thアルバム『シフクノオト』(2004年)リリース時の『ROCKIN'ON JAPAN』誌のインタビューで、「音楽だけをやれてるだけでも幸せなのに、レコードが300万枚売れる時代に出てきて、売れて、その恩恵をいつまでも受けてて……その罪悪感が、ずっとありました」と桜井は赤裸々に心境を語っている。すでにアリーナ/ドーム/スタジアムを主戦場とするモンスターバンドとなっていたMr.Childrenが、20世紀型のロックスター像とは明確に一線を画し、《愛すべきたくさんの人たちが/僕を臆病者に変えてしまったんだ》と歌い《ただこうして繰り返されてきたことが/そうこうして繰り返していくことが/嬉しい 愛しい》と「今ここにある日常」を全身全霊傾けて慈しむ――その朗らかな凄味とでも言うべき包容力はこの時期以降、現在に至るまでMr.Childrenの重要な通奏低音のひとつとなっている。
⑧ しるし
《ダーリンダーリン いろんな角度から君を見てきた/そのどれもが素晴らしくて 僕は愛を思い知るんだ》ドラマ『14才の母』主題歌としてもオンエアされた雄大なバラード曲。《最初からこうなることが 決まっていたみたいに/違うテンポで刻む鼓動を互いが聞いてる》、《僕らは似ているのかなぁ? それとも似てきたのかなぁ?》というフレーズは、妊娠・出産を通して生命の意味と向き合う中学2年生の少女・未希とその相手・智志の姿と、といったドラマの主題にもリンクする親子愛の芽生えを想起させしながらも、終盤の《共に生きれない日が来たって どうせ愛してしまうと思うんだ》というラインが、美麗なストリングスアレンジと相俟って、生命の誕生から終わりまで人間が織り成すあらゆる愛の在り方を丸ごと抱き締めるようなスケール感を描き出すに至っている。《ダーリンダーリン》と呼応するように《「半信半疑=傷つかない為の予防線」を〜》(1コーラス目)、《カレンダーに記入したいくつもの記念日より》(2コーラス目)と意外なフレーズで韻を踏みながら心情と場面を塗り替えていく歌詞のひとつひとつが、曲を聴き進めるごとに無垢で無防備な愛で満たされていくような感覚を生み出している。
⑨ GIFT
《白と黒のその間に/無限の色が広がってる/君に似合う色探して やさしい名前をつけたなら/ほら 一番きれいな色/今 君に贈るよ》資生堂「マキアージュ」CMソングとしてカラフルなイマジネーションを喚起してみせたこの歌詞だけでも十分に鮮烈だが、これは実際にはサビ折り返しの部分に当たるフレーズ。その直前、サビ前半の《「白か黒で答えろ」という/難題を突きつけられ/ぶち当たった壁の前で/僕らはまた迷っている 迷ってるけど》から続けて聴くことで、上記のフレーズが「時代の真っ只中で葛藤しながら誰かを懸命に想う僕ら自身の歌」としての切迫感をもって響いてくる。ちなみに、「15秒CMで部分的に聴くのとフル尺で聴くのとでは印象がまるで異なる」というこの手法は、最新アルバム『REFLECTION』の“fantasy”(15秒CMオンエア部分《「僕らは愛し合い 幸せを分かち合い/歪で大きな隔たりも越えて行ける」》に続いて《たとえばそんな願いを 誓いを 皮肉を/道連れに さぁ飛び立とう/日常の中のファンタジーへと》と歌われる)などでも見ることができる。
⑩ 生きろ
《ここから/またひとつ 強くなる/失くしたものの分まで/思いきり笑える/その日が来るまで/生きろ》「タイトルは“生きろ”です。シナリオに突き動かされて出てきた言葉です。自分でもびっくりするフレーズでした。自己ベスト更新に挑む気持ちで制作させていただきました」――映画『キングダム2 遥かなる大地へ』のスタッフが受け取った主題歌“生きろ”のデモ音源には、桜井和寿のそんな真摯な言葉が手紙として託されていたという。『キングダム2』の世界観と真っ向から共鳴するかのように《追いかけろ 問いかけろ/いっそ裸足のままで/血をたぎらせながら》と生々しい皮膚感覚を壮大なロックの地平へと編み上げる一節も印象的な“生きろ”。そのラストを飾る、前掲の《ここから/またひとつ 強くなる〜》のラインは、混沌と喪失が通奏低音となってしまったコロナ禍以降の時代感と真っ向から対峙しながら、それでもなお「その先」への道を音楽で切り開こうとするMr.Childrenの決意を克明に伝えるものだ。
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