2009年よりハチ名義でニコニコ動画へのオリジナル曲の投稿を開始。VOCALOIDシーンに大きな爪痕を残したあと、自身がボーカルをとったアルバム『diorama』を本名の名義でリリースした米津玄師。歌唱・作曲・作詞・アレンジといった音楽面だけではなく、ダンス、イラスト、ミュージックビデオなどマルチな才能を開花させているが、今回rockinon.comでは彼が綴る歌詞に改めて注目。代表曲の中から、特に心動かされた10のフレーズを紹介していこうかと思う。(蜂須賀ちなみ)
① ゴーゴー幽霊船 (1stアルバム『diorama』)
《電光板の言葉になれ/それゆけ幽かな言葉捜せ/沿線上の扉壊せ/見えない僕を信じてくれ》
米津玄師名義、つまり自身のボーカルによる初のオリジナルアルバム『diorama』の収録曲。発売日の約3ヶ月前にMVが公開されたこの曲には「米津玄師・始動の狼煙」的な意味が込められていたのだろうか、仮想の「街」を彷徨うその無人船は、現代社会のカオスの中で自ら声を上げていくことを選んだ米津自身のメタファーのよう。「なれ」「捜せ」「壊せ」と自身を駆り立てるような語気の強い単語も織り交ぜつつも、全体を通して聴けば、思わず口ずさみたくなるほど言葉の流れが気持ち良い。意味性と語感を両立させた歌詞の中には既にセンスが光っている。
② ドーナツホール (2ndアルバム『YANKEE』)
《ドーナツの穴みたいにさ 穴を穴だけ切り取れないように/あなたが本当にあること 決して証明できはしないんだな》
ドーナツの穴を空虚・喪失のモチーフとして用いたこの曲は、ドラマなどの台詞でよくある「失ってから初めて大切さに気づいた」ということを彼なりに表現しているかのよう。米津は比喩の表現がとにかく巧く、それも多くの人を唸らせるポイントのひとつなのだ。因みにこの曲は2011年に投稿された“パンダヒーロー”以来、2年9ヶ月ぶりに発表されたハチ名義の新曲だったのだが、2ndアルバム『YANKEE』には本人歌唱バージョンが収録された。この出来事は彼の中で米津玄師とハチの境目がだんだん曖昧になっていったことを意味していて、音楽との向き合い方に大きな変化が生じたのもちょうどこの頃だ。
③ アイネクライネ (2ndアルバム『YANKEE』)
《あたしあなたに会えて本当に嬉しいのに/当たり前のようにそれらすべてが悲しいんだ》
その変化が分かりやすい形で歌詞に表れているのが“アイネクライネ”。『diorama』期の楽曲と比べると一目瞭然だが、リリース当初は、米津がここまでシンプルな言葉で「愛」を歌ったことに驚いたファンも多かったことだろう。東京メトロのCMソングとして話題を呼んだこの曲は、幸福と隣り合わせの喪失、つまり「いつか別れて悲しい思いをするくらいならあなたになんて出会わなければよかったのに」という主人公の気持ちを表す歌詞が幅広い層の共感を呼び、米津玄師の名をさらに広く知らしめるキッカケとなった。
④ アンビリーバーズ (3rdアルバム『Bremen』)
《今は信じない 果てのない悲しみを》
ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015をはじめとした夏フェスに初めて出演した2015年。そのステージで新曲として披露していたのが、この“アンビリーバーズ”だ。「喜びを信じよう」ではなく「悲しみを信じない」という裏返しの言い方で希望を表現するこの曲で鍵を握っているのが、注釈のようにサビ冒頭に付けられている「今は」の部分だろう。自分の音楽を取り巻く人の数が増えているという実感は確かにある。きっと殻にこもっている場合ではない。しかし孤独の存在から目をそらすことなんてできない。全部背負って前に進むために、そうして本当の希望に辿り着くために。米津はすべてのアンビリーバーズへ、この歌を投げかけた。
⑤ ホープランド (3rdアルバム『Bremen』)
《ソングフォーユー 聴こえている?/いつでもここにおいでよね/そんな歌 届いたら/あとは君次第》
3rdアルバム『Bremen』のクライマックスに収録されている“ホープランド”。自分自身の「孤独」を歌うことで同じようなものを抱えて生きる聴き手の逃げ場を作ってきた米津だが、《あとは君次第》とあるようにこの曲は相手を送り出すことによって完結している。明確に相手を救うことを目的にしている。これさえあればどこにいても深く繋がることができる、という音楽が持つ魔法について歌ったこの曲は、米津にしては珍しいタイプのメッセージソングだ。
⑥ LOSER (5thシングル『LOSER / ナンバーナイン』)
《アイムアルーザー どうせだったら遠吠えだっていいだろう/もう一回もう一回行こうぜ 僕らの声》
ダンスに初挑戦したMVも注目を集めた“LOSER”は、「音楽以外のことはまともにできない」「よって俺は負け犬だ」という米津自身の強いコンプレックスが基にある。濁りきった自己否定の感情を捧げるように言葉を詰め込んだA〜Bメロを経て、マグマ状態になったそれらをドカッと吐き出すために用意されたのが、一際シンプルなサビのフレーズだ。拭えない闇が根底にあるのに発せられるメッセージは非常にポジティブ、という、これぞ米津玄師!なこの曲が収録されているシングルは、他の2曲も素晴らしいのでぜひチェックしてみてほしい。
⑦ orion (6thシングル『orion』)
《それは不意に落ちてきて あまりにも暖かくて/飲み込んだ七色の星/弾ける火花みたいに ぎゅっと僕を困らせた》
アニメ『3月のライオン』の第2クールのエンディングテーマとして書き下ろされた“orion”は、タイアップの影響もあってか、珍しく恋愛モード。人が恋に落ちるあの瞬間を、米津はこのように歌った。星を飲み込むなんて経験をしたことのある人なんてきっといないけど、想像するだけで胸が少し温かくも痛くもなるような表現を持ってくる辺りがさすがの秀逸さ。他の曲とは違い強烈なメッセージ性はなく、ただただ感情や祈りのみが歌われているのも新鮮だが、だからこそ歌詞表現の繊細さがよく伝わってくる一曲だ。
⑧ ピースサイン(7thシングル『ピースサイン』)
《カサブタだらけ荒くれた日々が/削り削られ擦り切れた今が/君の言葉で蘇る 鮮やかにも 現れていく/蛹のままで眠る魂を/食べかけのまま捨てたあの夢を/もう一度取り戻せ》
アニメ『僕のヒーローアカデミア』第2期第1クールのオープニングテーマ“ピースサイン”は、米津が小・中学生時代の自分自身を思い返しながら制作した曲。そのため、十数年前の彼と、当時を俯瞰する26歳の彼とがないまぜになったような歌詞が特徴的だが、このフレーズは後者の色が強く反映されたフレーズだ。“ナンバーナイン”以降タイアップ案件が続いていた米津が、「他者と自分との間にリンクする部分を見つける」という制作方法を見出し、より開かれた迫る表現へと向かっていくまで。いちアーティストとしての変革は、後に生まれる大傑作『BOOTLEG』の誕生へと繋がっていく。
⑨ 灰色と青( +菅田将暉 )(4thアルバム『BOOTLEG』)
《どれだけ背丈が変わろうとも/変わらない何かがありますように/くだらない面影に励まされ/今も歌う今も歌う今も歌う》
アルバム『BOOTLEG』のラストを飾る、同世代の俳優・菅田将暉とのコラボ。ふたつの歌声は平行線のまま進んでいき、ハモることもなければ、ユニゾンになることもない。しかし、一度目は米津、二度目は菅田がこのフレーズを歌うことにより、別々に生きる者同士の呼吸が重なった瞬間の、刹那的な尊さが体現されたのだった。因みにこの曲は「菅田くんでなければ絶対に成立しない」と米津から熱烈なオファーをしたことによって、つまり、米津の方から「他者」を求めたことによって初めて完成した一曲。「他人同士は結局分かり合えない」ということを歌っていた『diorama』以降、音楽の旅を重ねてきた彼は、随分遠くまでやってきたようだ。
⑩ Lemon(8thシングル)
《切り分けた果実の片方の様に/今でもあなたはわたしの光》
ドラマ『アンナチュラル』の主題歌である“Lemon”は、米津曰く「『個人的にあなたが死んで悲しいです』って4分間かけてずっと言ってる曲」。歌詞は、人の死を扱い、その「喪失」を残酷なほど丁寧に描くドラマと似た筆致であり、その裏側には、制作中に米津自身の祖父が亡くなったという衝撃のエピソードが存在している。そして、遺された者目線の1番でも、逝ってしまった者目線の2番でも、Cメロ後に訪れる最後のサビでも、欠かさず大切に歌われているのが、《今でもあなたはわたしの光》というこの一節。その存在が、離れてしまった両者がそれでも心で繋がっていることを象徴しているようでとても美しい。
【10リスト】私たちの心を揺らした米津玄師の名歌詞10(6/15更新)
2017.04.08 10:00