だが、いうまでもなく、究極の偶然、という意味での奇跡によって、『ドラえもん』とあいみょんがめぐりあったわけではない。『ドラえもん』が不朽の国民的作品であり続けてきた歴史に、あいみょんがあいみょんとして歩んできた紛れもない評価と実績が、「今」というタイミングをもって重なりあったからこそ、このコラボレーションは生まれたのである。デビューから10年、あいみょんは様々な作品の世界観に出会うたびに、その作品への愛と責任を真正面から担うだけでなく、シンガーソングライターとしての成長と成熟を重ね合わせ、あらゆる期待に応え続けてきた。あいみょんが描く「主題歌」、その精度たるや今日もまた完璧だ。
“スケッチ”はとんでもなくいい曲である。呟くように歌われる優しい声。ひと言ひと言がシンプルに軽やかに、豊かな情景とともに飛び込んでくる。抑制のきいた鍵盤とストリングス。センチメンタルとノスタルジックの境界線を進んでいくその歌表現は、あいみょんだけの、繊細極まりない筆致の究極に達している。最高精度のクロノメーターを眺めるようなこの美しさは確かに「奇跡」的であり、と同時に、極まった技術と才能の賜物でしかない。
デビュー10年、29歳の出口に立つあいみょんと、今日もたくさんの対話を重ねてきた。
rockinon.comでは、発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』2025年4月号のインタビューから内容を一部抜粋してお届けする。
インタビュー=小栁大輔 撮影=小林光大
──これ、楽曲としてはバラードって言っていいのかな。ドラえもんは表情が豊かで。《温かいその目》って、個人的にすごく印象的なドラえもんの目で。自然と出てきたワードでした
そうですね。バラードですね。
──あいみょんがバラードにしたかったの? それともそういう話だったの?
私が絶対にバラードにしたかったんです。主題歌のお話をいただく時って、いつもは「絶対にこうしたい」みたいなことってそこまでないんですけど、『ドラえもん』の主題歌に関しては、バラードにしたかったですね。長年ファンをやってきて、映画の内容だけじゃなくて、主題歌も印象に残ってる作品がたくさんあって。私、スキマスイッチさんの“ボクノート”超大好きなんです。作品自体(『映画ドラえもん のび太の恐竜2006』)の良さもあったんですけど、作品の良さを消さずに、あの大バラードで、余韻もあって、歌詞も入ってきて──あの感じを真似するじゃないけど、あの感じが『ドラえもん』にすごいぴったりだなって思ってたので。主題歌が作品を邪魔しないバランスを考えた時に、ファンとして、私はこういう形の『ドラえもん』の締め方がすごい好きやなっていうのを思い出して、バラードにしました。あと言葉数も、普段は私、結構多いほうじゃないですか。でも、今回はそこまで多くしたくなかったです。(エンディングで)主題歌がかかった時に、《楽しかったね》って言葉にちょっと余白があったほうが、映画のシーンが浮かぶかなって。その言葉言葉の頭やお尻に、映画の映像がすっとまた映し出されるような余白が欲しいなって思ってたので、こういうバラードになりました。
──ただ単にいいバラードが欲しかったんです、ということじゃなくて、あいみょんにとって、『ドラえもん』を映画館で観るとはこういう体験なんですっていう曲なんだと思うんだよね。
はい。私はこういうのが好き(笑)。っていう感じでしたね。初号で(この曲が)かかった時、やっぱ泣いちゃいましたもん。恥ずいですけど。
──泣くよね(笑)。
ははは。答え合わせになりましたね。作品を通して観て、自分の曲がかかった時に、よかった、この歌詞でこの曲で間違ってなかったなって。
──確かにAメロ、Bメロは、『ドラえもん』でも描かれる日常のケースみたいな。でもサビは、本質的な、コンセプチュアルなテーマをきっちり書くっていう。そのコントラストみたいなものもすごく印象的だったけど。そう言われると本人としてはどうですか。
『ドラえもん』って、あんまりマイナスなことを描きすぎちゃいけないって思いがちというか。曲に関しても、リアルすぎるとよくないっていうのがあったんです。でも、描かれてないドラえもんとのび太くんの日常を描こうって思った時に、ドラえもんっていつか帰ってしまうんじゃないかとか、居なくなってしまうかもしれないっていう、のび太くんが抱える不安っていうのは、多少なりとも描きたいと思って、こういう歌詞になりましたね。
──そこがね、まあミソだよね。
ミソですね(笑)。
──ファンタジーだけじゃないっていう。
そういうところは大事にしたかった。だからこそ「楽しかったね」って言えるし、一緒に冒険をして、その一瞬一瞬を大事にしてるのが伝わればなあと思って。いつかなくなってしまうかもしれない、儚さと共に。のび太くんはそういう気持ちに揺れながらまっすぐに生きてるっていうことを描きたかったですね。
──このサビをじっくり聴いていて、あいみょんにとってドラえもんって、目なんだなっていう印象があったのね。
め?
──そう、目。目が印象的なんだなと。
《温かいその目》っていうのは、実際にドラえもんがやる目のことなんですよ。「ドラえもん あたたかい目」で検索してほしい(笑)。ドラえもんって表情豊かなんです。あの目はすごい重要なんじゃないかなって。ドラえもんの感情を表すのは、やっぱり口と目なんですけど。特にあのあたたかい目って個人的には印象的で、自然と出てきたワードでしたね。
──それは、どこかで気づいていたの? 私にとってドラえもんってあたたかい目なんだなっていうのは。
そんなにがっつり意識したことはないんですけど、のび太くんを見る時の「あ・た・た・か・い・目」って自分で言うドラえもん、すっごくいいなあって思ったんですよね。ちょっと面白おかしい感じではあるんですよ。仮にもあなたロボットじゃないですか、っていう。だけどのび太くんと一緒にいることによって、そんなふうに感情が出て、その感情が目から溢れるっていうのはすごい素敵やなと思いました。今回の映画で、ヒロインの子が目にすごくきれいなブルーを持っていて、そことも関連づけながら書きましたね。
──今回、あいみょんはバラードを作ったわけだけど、僕が聴いて思ったのは、あいみょんは優しい歌を『ドラえもん』に提供したかったんだな、渡したかったんだな、だからバラードなんだなっていう。そう言われるとどう?
『ドラえもん』ってハチャメチャワールドですし、『ドラえもん』って言葉だけを聞くと、軽快なイメージはあるじゃないですか。だけど『映画ドラえもん』って、やっぱり違うんですよね。ドラえもんとのび太くんの友情、またその旅先で出会ったキャラクターと友情が生まれるシーンがあったり。そういう友情を思った時に、母性みたいものが出てくるんですよ。昔はのび太くんは私よりも年上やったのに、気づけばのび太くんよりもおばさんになっちゃって。大人になって『ドラえもん』の映画を観て、こんなに泣くようになっちゃったのって、きっと母性で。とにかく若者が頑張ってると泣けるっていう(笑)。今回もすごく大きな冒険に行くわけだから、最後に「よくやったよ」って包み込むには、やっぱバラードがいいなって思って。それでこの形になったっていうのはありますね。
──あいみょんはこれまでいろんなタイアップ曲を作ってきて。それぞれの世界観に寄り添いながらも、あいみょん的な世界観もまたそこに近づいていった幸福な10年間だったと思うんだ。
うん。
──特に『ドラえもん』はそうだよね。人の優しさとか思いやり、どう夢を描くのか、どう仲間を思うのか、そういう大切な概念が『ドラえもん』にはあって。そしてあいみょんも、人にとって大事な気持ちってなんだろう、優しさってなんだろうということを描いてきて。その本質がどんどん近づいていって、作品の世界観に無理に寄らなくてもタイアップ曲を書けるようになった10年という感じがするんだよね。
確かに、デビューしたての頃は、タイアップってなったらギンギンになってましたけど。今はありがたいことに、自由に書いてくださいって言ってもらえるようになりました。その作品への気持ちがあれば、曲は生まれますし、作品への寄り添い方のバランスは取れるようになってきましたね。それはこの10年ぐらいで変わったところかもしれないです。『ドラえもん』に関しては、私が藤子・F・不二雄先生に影響を受けたところを挙げると……F先生が描くSFって、昔は意味わかんなくて。そもそもSFってなんの略ですか?
──サイエンス・フィクション。
ははは。そう、サイエンス・フィクションだと思ってたんですよ、『ドラえもん』も。だけど、(F先生が提唱したSFの意味が)「すこし・ふしぎ」って知った時に、なんて素敵なんやって思ったんです。「すこし・ふしぎ」な世界を描くんですよ。それってマジで音楽に通ずるものがあって。音楽って完全にフィクションのものも、ノンフィクションのものも、どれもあって。ノンフィクションにフィクションを被せることもできる。自分の実体験に嘘をつくこともできる。「すこし・ふしぎ」を描くっていう感覚、私も欲しいって思ったんです。だから“スケッチ”でも挿入歌でも、「すこし・ふしぎ」っていうところは、F先生の気持ちを汲みたいと思って、ちょっと意識してますね。
──なるほどなるほど。
やっぱり「すこし・ふしぎ」な感情、 感性、情景みたいなものは、『ドラえもん』の楽曲には入れたいと思いますし、今後の自分の作品にも、SF、「すこし・ふしぎ」は入れていきたいですね。
──「すこし・ふしぎ」、あるもんね、あいみょんの楽曲の世界にはね。
あります。スピッツにもありますね(笑)。スピッツなんかもうSFですよ。
──そうだね(笑)。
だからSF=「すこし・ふしぎ」っていう言葉を生んだF先生、マジ天才と思って。初めて知った時、衝撃でしたもんね。「え、SFってそっち?」みたいな。「すこし」ってところがいいんですよ。おしゃれなんですよ(笑)。少しだけ不思議な世界に誘ってもらえるっていう、それって『ドラえもん』に欠かせないことで。『ドラえもん』はいつだって少し不思議で、面白くて、夢があって。だって『ドラえもん』ぐらいです。「ひみつ道具何が欲しい?」「どこでもドアがあったらなあ」とか、40何年続いてるアニメで、いまだにその論争があるんですよ。
──確かにね。いやあ、すごいな、『ドラえもん』の話。
『ドラえもん』の話いくらでもできますよ、ほんまにできます(笑)。