①秒針を噛む
ずとまよの衝撃はYouTubeから始まった。デジタルシングル“秒針を噛む”のリリースに2ヶ月以上先駆けて、アニメーション仕立てのMVを公開。1億回以上もの視聴回数を叩き出している。焦燥感に満ち溢れたジャズ/ロックのアンサンブルと、対話のすれ違いが呼び起こす感情を詩的に描き切ったACAねの歌詞、そして悲痛でありながらも芯の強い美声は、インターネット音楽の枠組みを楽々と突き抜けて、シーンを広く震撼させるほど高度なクオリティを備えていた。②ヒューマノイド
《レイラサイダ サブアッタッシャル/マラハバ マッサラーマ マダ》。御伽噺の中の不思議な呪文のような言葉に誘い込まれる“ヒューマノイド”は、システム化された人間社会の中で、生身の人として生きる実感に迷い、足掻くプロセスが歌い込まれた楽曲。レトロなゲーム音楽のようなフレーズが飛び交う視界の中から始まる歌は、性急に転がるバンドアンサンブルにあと押しされ、《こんな気持ちだけ 名前があるだけ/手を握るたび プログラムだってこと?/誰にも当てはまることない 基準なんていらないよ》という、システムからはみ出した感情に着地する。③眩しいDNAだけ
2019年初頭の、「1st LIVE 〜まだ偽りでありんす。〜」を経てリリースされた4thシングル。スポークンワード風ラップと、落ち着いた語り口の歌で始まる楽曲は、ACAねのボーカル表現の奥深い魅力に気づかせてくれた。哀愁を引き摺りながら、するすると生活感の中に滑り込んでくる曲調は、グッとエモーションを昂らせるコーラスの中で《時々たまに従うまま/シナリオ通りに暮らしてゆくなら/悩み方も何も知り得ずに頷くだけ/ビリビリに破り始めるだけ 今なら》と思いを運ぶ。リスクを背負ってでも状況を打破しようとする覚悟が、胸を打つ1曲だ。④正義
ACAねの綴る歌詞は詩的で抽象性が高いが、リスナーとして意味を無視できない、どうしても深読みせざるを得ないところがある。楽曲に込められた強烈なキャッチーさと切実さが、リスナーを駆り立てる部分が大きいのだろう。リコーダーとピアノのノスタルジックなイントロから、現代ビートミュージックのグルーヴをバンド解釈したサウンド、さらに情感豊かなストリングスアレンジまでが織り込まれた“正義”は、独創的な音楽のアイデアをこれでもかと盛り込みながら、一貫してキャッチーさを見失わない、そんなソングライティングの凄味を思い知らされる楽曲だ。⑤お勉強しといてよ
1stフルアルバム『潜潜話』と「潜潜ツアー」までを駆け抜けた2019年は、ずとまよというミステリアスなバンドが、リスナーとのより近い距離感での対話の中で、確かな信頼関係を築き上げる季節になった。そして2020年に初めて発表された楽曲が“お勉強しといてよ”である。《私を少しでも 想う強さが/君を悩ませていますように》。祈るような思いを込めて、リスナーと対峙し挑発する。そんな、より深い対話への渇望が率直に滲み出た楽曲だ。対話のすれ違いに心を痛める繊細さは変わらないけれど、それでも対話の喜びに手を伸ばす、そんな劇的な変化を感じさせた。⑥マリンブルーの庭園
“マリンブルーの庭園”は、3rdミニアルバム『朗らかな皮膚とて不服』に収録された楽曲で、MVは制作されていない。ずとまよ楽曲の人気はMVの人気と比例するところもあるが、メロウな旋律と歌声、刺激的なオルタナロックサウンドをオーケストラのように響かせるアレンジまで、惚れ惚れさせられるほどに美しい1曲だ。他にも“彷徨い酔い温度”や“優しくLAST SMILE”、“過眠”など、「ずとまよの沼」を形作る楽曲は多いので、MVのみならずぜひミニアルバムやフルアルバムに触れてみてほしい。⑦暗く黒く
映画『さんかく窓の外側は夜』の主題歌に起用されたことで、より広いリスナー層にずとまよの存在感を知らしめることになった楽曲。一方で、この曲の原型はかなり早い時期から存在しており(原型となる楽曲には《ずっと真夜中でいいのに》という歌詞のフレーズがあった)、ライブでも披露されていたため、リリースは古参ファンを歓喜させた。じっくりと歌い出される曲調は、ファーストコーラスを歌い切ったところで、心が走り出すようにビートをスイッチさせ突き進む。《連鎖よ続け》という能動的なメッセージに辿り着くさまも感動的だ。⑧正しくなれない
“正しくなれない”は映画『約束のネバーランド』の主題歌に書き下ろされ、ポップカルチャーと深く関わりながらずとまよ楽曲の影響力を遺憾無く発揮した。とりわけ、コーラス部分の気高く勇壮なメロディと歌詞は、映画/原作のストーリーに感化されたためか、極めて率直で力強い響きをもたらしている。ライブ活動が思うように行えないコロナ禍の時期にも、ずとまよの音楽はリスナーやカルチャーとまっすぐに向き合い、一層しなやかに成長していった。⑨あいつら全員同窓会
2ndフルアルバム『ぐされ』を経て、新たなフェーズに向かうずとまよが発表したのは、人気オンラインゲーム「PSO2 ニュージェネシス」とのプロジェクト「NO BORDER.」のコンセプト「NO BORDER. キミにしかなれない、キミがいる。」から着想を得て制作された “あいつら全員同窓会”であった。ずとまよのMVに先駆けて限定公開されたコラボ映像は、ある種の変身願望を抱いて生き生きと活躍する若きインフルエンサーたちと、過去にケリをつけながら突き進む“あいつら全員同窓会”とのシンクロぶりが胸を熱くさせた。また、SpotifyのブランドCMにACAねが起用されるなど、いよいよ本格的に、ずとまよ楽曲が同時代ユースカルチャーを象徴し始めた。⑩猫リセット
4thミニアルバム『伸び仕草懲りて暇乞い』へと続く道のりの2021年12月に発表され、リリース後は当時進行していた全国ホールツアーのセットリストにも組み込まれた“猫リセット”。ACAねはしばしば、レトロなテクノロジーにノスタルジックな思い入れを寄せ、さまざまな形でその感覚(所謂ヴェイパーウェイブ的なポップアートの価値観に近いものがある)をずとまよの表現に織り込んできたが、「猫リセット」というファミコン世代にとっての可愛らしく憎めない呪いをテーマに、こんな1曲を生み出してしまうのはズルい。ジャジーで洒脱なバンド演奏が、感情の輪郭をぽっかりと浮かび上がらせる。現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』7月号にずっと真夜中でいいのに。 『沈香学』の徹底レビューを掲載!
ご購入はこちら他ラインナップはこちら