※2024/10/18 更新
①貴方解剖純愛歌 〜死ね〜
すべてはここから始まった。最初にこの曲を聴いたときのことを今でもよく覚えている。勢いのあるロックサウンドとポップなメロディ、そしてサビで叫ぶ《死ね》というフレーズ。こんなラブソングありなのか、と衝撃を受けた。「好き」という気持ちをどこまでも濃く煮詰めて凝縮していった、最上級の表現としての《死ね》は、とても人間的で、どこまでも切ない。あいみょんは誰もやらなかった書き方で、誰もが感じたことのある「あの気持ち」に形を与えた。これが過激な表現の目新しさだけで受け入れられたわけではないことは、その後の彼女の活躍が証明している。②生きていたんだよな
あいみょんの歌は、「愛」とか「生」とか、どう考えても疑いようのない概念を揺さぶり、ときにひっくり返してしまう。そんな歌を聴くたびに、僕はハッとさせられるのだ。このメジャーデビューシングルは、まさにそんな彼女の凄みを象徴する曲。ここで歌われていることは間違いなく悲劇だが、それをあいみょんは哀れな過ちとしてではなく、眩く輝く命の選択として描いてみせる。それはきっと、きれいごとをいくつも重ねるより何倍も真摯な「生」への態度だ。シリアスで重いテーマの曲ではあるが、そのぶんそこから伸びる救いの手はとても強く大きい。③愛を伝えたいだとか
ディープなファンクミュージックのフィーリングが実はあいみょんの歌独特の揺れ方や伸び方にばっちりハマるということを、この曲で知った。メジャーデビュー以来タッグを組む田中ユウスケによるプロダクションが、彼女の新しい魅力を引き出した1曲だ。そしてそのグルーヴィーなアレンジ(ちなみにベースを弾いているのは□□□の村田シゲ)が、あいみょんの描き出す「愛の崖っぷち」の風景をよりヴィヴィッドに見せている。そう、彼女の歌う愛はいつも何かが足りないし、いつも何かが手遅れだ。その「満たされない感じ」が、あいみょんの普遍性の源泉だと思う。④君はロックを聴かない
シングルを出すたびに違った顔を見せる幅の広さはあいみょんの魅力のひとつだが、鋭い観察眼とシリアスなテーマ性を突き詰めた“生きていたんだよな”と心地よいファンクグルーヴで躍る“愛を伝えたいだとか”に続いて満を持してリリースされた王道のミドルチューンが、この“君はロックを聴かない”だ。「ロック」というキーワードひとつで男の子と女の子の違い、褪せることのない青春、焦がれるような恋心、そのすべてを浮かび上がらせる詩人としてのセンスは見事としかいいようがない。ずっと鳴っているアコギのストロークに合わせて、すぐ近くで聞こえてくるシンプルな歌は、淡々と心を揺さぶってくる。⑤ふたりの世界
ライブでは《まだ眠たくないのセックス》の《セックス》をみんなで大声で叫ぶというシーンが定番化しているこの“ふたりの世界”だが、当然そこがこの曲のハイライトというわけではない。というか、セックスが日常になった恋のなかで宙ぶらりんになった心、「好き」だけでも「嫌い」だけでも言い表せない気持ち、続いていくことの幸福と不安――どっちつかずの微妙さゆえにラブソングでは歌いにくそうな恋愛の風景を、これだけ軽やかに、そして肯定的に歌いきっているところがいい。あいみょん版“トリセツ”……とか言うと誤解を生みそうだけど、この曲が多くの共感を呼ぶのはつまりそういうことだ。⑥マリーゴールド
今さら説明不要、あいみょんの名前を一躍世の中に知らしめた大名曲である。Aメロからサビまで一直線に伸びていくようなメロディ、聴き手の想像をかき立てるキーワードが散りばめられた歌詞、弾き語りに肉付けしていったようなシンプルでちょっと懐かしいようなロックアレンジ、どれを取ってもタイムレスな魅力をたたえた楽曲だ。そしてそれと同時に重要なのは、この曲が歌う情景が、それこそ“貴方解剖純愛歌 〜死ね〜”から続くあいみょんの「愛」の表現としっかり地続きであるということだろう。どちらが表でどちらが裏かはともかく、この曲にもまた、言葉だけではない「純愛」を探し続けるあいみょんの姿が色濃く滲んでいると思う。⑦裸の心
シングルとして(しかもドラマの主題歌として)この曲がリリースされたときの驚きは今もはっきり覚えている。ピアノやピアニカが印象的な、フォーキーなサウンド(アレンジはトオミヨウ)、穏やかなメロディ、言葉を一つひとつ置いていくような歌、そして《今、私 恋をしている/裸の心 抱えて》というピュアで切ないフレーズ。どれも、それまでのあいみょんが表に出してこなかった無防備さをたたえていたからだ。聞けば2017年には制作が行われていたそうで、メジャー1stアルバム『青春のエキサイトメント』の候補曲にもなっていたのだという。温存していたというよりも、今だからこそ出せたということだろう。この曲を聴くたびに、なんというか、古い日記帳を開くような思いになる。⑧愛を知るまでは
「愛」という言葉を使っていることからもわかる通り紛れもないラブソングではあるのだが、これは恋愛の歌ではなく生き方についての歌だ。この曲のリリースは2021年だが、書かれたのは2017年。ちょうどメジャーデビュー1年目で、のちに彼女はこの時期を「しんどかった」と振り返っている。《いざ、手のなる方へと/導いたのは 誰でもない自分自身なのに/自信がないよ 笑っちゃうな》というのは当時のあいみょんの率直な心情であり、《愛を知るまでは死ねない私なのだ!》のびっくりマークは、自分自身に向けた鼓舞の証だ。思いっきりストレートでスタンダードなメロディは、シンガーソングライターとして生きていくという決意表明だったのかもしれない。⑨愛の花
NHK連続テレビ小説『らんまん』の主題歌として書き下ろされた、あいみょん通算14作目のシングル。植物学者・牧野富太郎をモデルにした主人公・槙野万太郎と妻・寿恵子の物語に優しく穏やかに寄り添うように朝の風景を彩ったこの曲は、アコースティックギターを主体としたシンプルなアレンジ、そして素朴そのもののメロディと言葉ゆえに、あいみょんの歌が持つおおらかさや優しさがまっすぐに伝わってくる名曲だ。あいみょんの描く「愛」のかたちは、楽曲を重ねるうちに少しずつそのあり方を変えてきたが、この曲での彼女は愛を受け取る側ではなく愛を与える側に立ち《言葉足らずの愛を/愛の花を貴方へ》と歌う。もちろん朝ドラという舞台装置あってこそだが、ソングライターとしての彼女の視点の移ろいを感じられるという意味でも節目となる1曲だと思う。⑩会いに行くのに
誰しもが抱く後悔や反省、「あのときああしていたら今頃は……」というやるせない記憶。この歌は、そんな心にそっと手を伸ばし、引っ張り上げる。だがこれは単なる「切ない思い出ソング」ではない。聴けば聴くほどその精緻で繊細で丁寧なつくりに驚き、感動する。とりとめもない言葉の断片が積み重なり、その向こうに主人公が生きてきた長い時間と、その中で背負い続けてきた「あの日の景色」が浮かび上がる。《冷蔵庫》や《部屋》や《服》というワードに、どんなに振り切ろうとしても生活の中に入り込んでくる記憶という存在の厄介さと愛おしさが透けて見える。曲が終わってもその記憶は消えないし、後悔も反省も終わらない。《会いに行くのに》と繰り返すラストは、大げさに言えば愛に生きる人間の業のようなものすら感じさせる。それをこんなにも穏やかなメロディで歌い上げてしまうのがあいみょんなのである。関連記事はこちら
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