2019年のアルバム『二歳』でソロデビューを果たした
渋谷すばるは、以降『NEED』、『2021』とコンスタントに3枚のアルバムをリリースし、シンガーソングライターとしての新たなキャリアを確固たるものにした。しかし同時に、彼のソロアーティストとしての歩みはどこまでも無防備になっていくこととも同義だった。ロックンロールやブルースのオーセンティズムを愛し、パンクに自らの衝動を託し、バンドという共同体の力を借りながらも本質的にはひとりで立とうと奮闘してきた彼にとって、この数年間は「歌う」ことと「生きる」ことをイコールで結ぶための季節だったと言える。ここではそんな渋谷の軌跡を10の楽曲から明らかにしてみたい。(粉川しの)
①ワレワレハニンゲンダ
ソロデビューアルバム『二歳』からの第1弾シングルとして先行リリースされたナンバー。渋谷のソロ曲にはいわゆるシンガーソングライター的なシンプルで弾き語り調の楽曲と、バンド的なパワフルでパンキッシュな楽曲があって、この曲はもちろん後者を代表する1曲。彼が以前から好きだったロックンロールやブルースのグルーヴ感覚やささくれ立った質感を100%理解して分かち合えるバンドとともに、渋谷はノイズも歪みも全部チャームに変える痛快無比のガレージロックを叩きつけている。彼のもうひとつの声、ダイレクトな感情のアウトプットとしてのブルースハープの饒舌が存分に発揮された曲でもある。
②アナグラ生活
《アナログとデジタルの/谷間で煙が出るまで擦られたい》なるフレーズがどこまでも渋谷らしいロックンロールチューン。ロックンロールを愛し、レコードを愛し、バンドの生アンサンブルを愛する彼がアナログ派の音楽人間であるのは間違いないだろうが、それをこのデジタル時代に貫き通すのはなかなか難しいことだ。しかし彼はあくまでも自然体、「煙が出るまで擦られたい」と言いつつも摩擦や窮屈さとは無縁ののびのびとした歌声で《好きなのを 好きなだけ》と歌う。マイナーとメジャーを流れるように繋ぐギターの楽しさや、
THE BLUE HEARTSや
ユニコーンを彷彿させるメロディの楽しさ。そのどちらにもいい意味で無理がない。渋谷のニュートラルモードがこの曲なんじゃないかと思う。
③ぼくのうた
記念すべきソロデビューアルバム『二歳』の冒頭を飾った“ぼくのうた”で、渋谷は《歌を歌わせて頂けませんか》と切実に繰り返す。彼は過去にもアイドルとして、グループのボーカルとして、多くの歌を歌ってきた。しかし、彼がここで言う「歌」とは過去のそれらとは恐らく全く異質なものであり、その全く異質な歌を歌うために彼はソロになったのだということが、《上手い歌は歌えません が/良い歌は 良い歌ならば/歌えると思っておりました 以前からずっと》と歌う同曲では告白されているのだ。喉の奥から絞り出される渋谷の声は、微かな畏れや不安を振り払いながら本当に歌いたかった歌を必死に追い求めていく。彼のソロキャリアが不器用なほどに誠実なのは、過去なんてなかったふりをして、最初からいっぱしのシンガーソングライターみたいな顔をして「良い歌」を歌い始めなかったことだと、この曲を聴くとつくづく思う。それは生々しく、ギリギリで、けっしてスマートなやり方じゃなかったかもしれないが、それでも渋谷の音楽観と人生観はこの曲でついに重なり合ったのだ。
④爆音
文字通り、爆音である。『二歳』におけるバンドサウンドの最大最太値を記録したナンバーであり、パンクからハードロック、はたまたメタルまで全部盛りのミクスチャーチューン。やりすぎなほどのエフェクトも含めて、この爆音の塊がどのように成形されていくのか誰も知らないままひたすらゴリゴリと削り続けるさまは、まさに初期衝動の賜物だろう。渋谷を含むバンドメンバーのプレイヤーとしての強化と比例してどんどん進化・変容し続けるナンバーでもあり、とにかくライブバージョンが無茶苦茶楽しい。『二歳』ではこの曲から“ベルトコンベアー”へと畳み掛けるヘヴィ二連発がアルバム後半への折り返しの合図になっていた。
⑤人
渋谷にとって初のソロ全国ツアーとなった
「渋谷すばる LIVE TOUR 2020『二歳』」は、新型コロナウイルスの感染拡大によって途中で中止となった。この曲はその無念を経験した彼と、パンデミックという社会が直面した困難を背景に書かれたナンバーだ。《人を傷つけてはいけないよ》と繰り返す歌詞は極めて簡潔で、ピアノと控えめなストリングスからなる楽曲の骨格も含めてどこか宗教的なチャントにも似たテイストを持っている。いわゆる聖歌、とまでは言わないが、ここには彼の願いが、人々への、自分を含む世界への祈りが込められていると感じるのだ。
⑥風のうた
渋谷がセカンドアルバム『NEED』で遂げた変化を、最もビビッドに体現したナンバーのひとつではないか。この曲を初めて聴いた時に驚いたポイントはふたつあった。まずひとつ目は、ピアノチューンと呼んでも過言ではないほどにピアノが全面的にフィーチャーされていたこと。しかも前作までのパンキッシュで打楽器的なキーボードの役割とは全く違う、旋律の軸を担うまさに主役としてのピアノだったことだ。ふたつ目の驚きは歌詞の視点の変化だ。そのほとんどが「僕」についての歌で占められていた『二歳』に対し、「君」の存在が、他者への眼差しが彼の歌に当たり前に含まれ始めたのが『NEED』だったと言える。後半のコーラスワークの洗練や、中盤の制御を感じるギターソロ、アウトロに向けて高まるハーモニカの多彩な音色も含め、彼のソングライターとしての、サウンドメイカーとしての飛躍的な成長が感じられた1曲だ。
⑦Sing
『NEED』はこの曲のアカペラバージョンで幕を開け、そして再びこの曲で幕を閉じる。アルバム中で“風のうた”と並ぶ大曲(どちらも6分超え)であり、60’Sブリティッシュなメロディ、リリカルなギターとピアノ、メンバー皆が声を張り上げる
ビートルズの“愛こそはすべて”を彷彿させるエンディングまで含め、音楽人間としての渋谷の充実と喜びがひしひしと伝わってくるナンバーであり、彼にとっての音楽が内へ、内へと突き進む自己探求から、外へ、外へと放たれる自己表現へとフェーズを変えたことを窺わせる傑作だ。《歌が必要だ 俺にはどうしても》と歌う彼は、『二歳』のたとえば“ぼくのうた”と完全に地続きだが、歌は俺だけじゃなく、君にも、世界にも、これからもずっと必要であり続けるのだと歌うに至った境地は、『NEED』だけのものだ。渋谷すばるにとっての「三歳」がこの曲だと思うし、『NEED』の核を成すナンバーを1曲挙げるとしたら、私は“Sing”を選びたい。
⑧2021.01.23
サードアルバム『2021』の冒頭曲であり、タイトルどおり2021年1月23日に書かれた楽曲だという。『2021』のトラックリストは、以降曲が書かれた順番をそのまま反映したものになっている。アコギ一本で歌い上げる“2021.01.23”は確かに歌には違いないが、音楽というよりも言葉そのものにフォーカスされていく、ちょっと特殊なナンバーだ。《久しぶりにしゃべった電話/5分もない位の会話/同じ様にしんどそうだった/頑張ろうって思った》と歌うそれは、渋谷の日記にとりあえず節をつけて読み上げているようにすら感じるからだ。そしてその日記に綴られているのはパンデミック下の私たち誰もが目にしていた風景であり、感じていた将来への不安であり、誰かとのつながりを切実に求めた日々の断片だ。『2021』が『二歳』や『NEED』と大きく異なるのは、『2021』が時代性を直反映した作品であることだと思うし、本曲はその象徴たるナンバーだ。
⑨塊
JRA『阪神競馬場 天皇杯(春) SPECIAL MOVIE「天、駆ける春。」』のオリジナルテーマソングとして書き下ろされたナンバー。タイアップ曲だからだろうか、『2021』の他曲とは明らかにテイストが違う。マリアッチなホーンといい、ホンキートンクなピアノといい、渋谷の歌唱といい躊躇なくドラマティック。《流した何かを拾い集めて/音速で飛べ》なんて歌われるも伊達ではなく、競走馬のデッドヒートさながらにどんどん加速していく疾走感がたまらない。
⑩つくる
一聴するとシンプルだけれど、聴けば聴くほどアナログな音色を用いてモダンにデザインしていく凝った細部に気づくはず。渋谷がこの曲を書き、レコーディングしたのは外出自粛が続いていた時期だったはずで、本曲の巣篭もりの室内楽的なテイスト、いわゆるチェンバーミュージックとしての温もりのようなものは、当時の彼の心境を反映しているのかもしれない。そして本曲の凝った細部やチェンバーの温もりは、どこまでもハンドメイドの産物として響く。彼にとって音楽を作るということがそのまま日々を生きるということ、人生を積み上げていくことに直結しているのだということを、この曲の手触りが伝えてくれるのだ。
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