①コンタクトケース
《空のコンタクトケースが/今も洗面所でポツリ/君の帰りを待ってるよう/お前も置いていかれたのか》
名盤として知られる、2018年リリースのミニアルバム『サラダデイズ』に収録された楽曲で、今もライブで人気の高い一曲。この頃から石原の書く歌詞の繊細で独特な感性は特筆すべきものがある。「彼女がコンタクトケースを置き忘れていった」というシチュエーションだけで、リスナーはその女性と主人公の関係性を理解し、幸せな日々がそこにあったことも共有する。コンタクトケースはその時点では幸福の象徴でもあり、《ポツリ》と置き去りにされた今は、寂しさの象徴に変わる。その様子が自分自身の姿と重なり、《お前も置いていかれたのか》と問いかける虚しさの、そのリアルさはまるで映画のワンシーン。コンタクトケースの擬人化という、ちょっと他の人が思いつきそうもない歌詞に、しかしリスナーは大いに共感してしまうのだ。
②スタンド・バイ・ミー
《不可能だとか それがなんだ/お前には無理と言われたって/そんな事はどうでもいいさ/やかましいと笑ってしまえ》
2019年9月にリリースされ、その後、3rdミニアルバム『ブルーピリオド』にも収録された、Saucy Dog初期の人気曲。悩み多くもまぶしい時代を思い返しながら、それでも先へと進むという静かな決意のこもる歌。引用した歌詞の部分は、石原が今の、そして未来の自分に語りかけるような言葉だと思う。と同時に、同じく未来に不安を抱く仲間やリスナーに向けての言葉とも受け取れる。そもそも、Saucy Dogは現体制になる前、石原以外のメンバーが全員脱退し、石原がひとり煩悶しながらバンドを存続させていた時期がある。その時期を乗り越え、新たに頼もしい仲間と出会い、メジャーデビューも果たしたという流れを知ると、余計にこの言葉に込めた想い、その重みを感じずにはいられない。彼のSaucy Dogというバンドに対する想いの強さが表れた曲だとも言える。
③月に住む君
《小さな夜の子守唄を唱う/君が迷子にならないようにね/歌うのをやめない/僕が生きてる限り》
幻想的な楽曲だ。愛しい人が月に住んでいると夢想する、ファンタジックなラブソングとも受け取れるが、それだけではない。『ブルーピリオド』のラストに収録されたこの楽曲について、石原はリリース当時のインタビューで「これは恋愛の曲っていうだけじゃなくて、俺が最初に思い描いていたテーマは、うちのお兄ちゃんのことなんです」と語っている。その「お兄ちゃん」は石原が誕生するよりずっと前に、生後間もなく亡くなってしまったのだという。そして「僕はそのお兄ちゃんとはもちろん会うことはできないんですけど、一度夢の中で会ったことがあって。夢の中でしか会えない存在だから、《月に住んでた》っていうことにしたんです」と語っていた。その幼い「兄」に向けての優しいレクイエム。ここで《唱う》と《歌う》を書き分けて心情を表現しているのも石原ならではの優しさと繊細さだと思う。
④シーグラス
《君のうなじに見つけたアルビノ/白く透き通った窓のよう/ある日の欠伸と綺麗な横顔》
4thミニアルバム『テイクミー』リリースに先駆けて、2020年7月にリリースされたシングル曲。『テイクミー』には1曲目に収録されている。ひとつの恋を物語のように紡いだ、まさに「シーグラス」のように儚くキラキラした恋愛が描かれている。石原の書く曲は、タイトルの言葉が歌詞には出てこないことも多く、この楽曲も歌詞の内容とタイトルの持つイメージとを絶妙に掛け合わせることにより、物語の景色がより立体的に浮かび上がる構造。前作『ブルーピリオド』あたりから、石原の言葉はより細部まで隙なく編まれるようになっている。この《君のうなじに見つけたアルビノ》という着眼点も独特だが、このフレーズと呼応するように、続くAメロの繰り返し部分では《ふたりで見上げたアルミ格子の》と、絶妙な韻を踏む。そして《白く透き通った窓のよう》という表現が加わることで、「君」と「シーグラス」がイメージとして重なるのだ。見事。
⑤雷に打たれて
《とっくのとうに死んでしまった夢だと/思い込み ただ逃げ出した/殺したのは自分自身じゃないか》
この楽曲も『テイクミー』に収録された楽曲。軽快なロックサウンドに乗せて、煮え切らない日常を蹴飛ばして生きていきたい、そんな心情が描かれた作品。引用した歌詞は、楽曲の冒頭、歌い出しの部分。《殺したのは自分自身じゃないか》という気づきが、“雷に打たれて”という楽曲のテーマ、その瞬間を表しているのだと思う。その重要なセンテンスをど頭にしっかり持ってくることで、この楽曲が持つポジティブさに深みが増し、サビの《僕が僕を助けなくちゃダメなの》というフレーズにしっかりとつながる。ちなみに、2021年6月にSaucy Dogは石原の故郷、島根のライブハウス松江B1で凱旋ワンマンライブを行ったが、その日の“雷に打たれて”はとてもエモーショナルだった。石原にとって「原点」を思い返す楽曲なのかもしれない。
⑥猫の背
《暗がりで 自分を嫌わないで/倒れ込んで そのまま朝日を待っていた/足りないもの 足りないまま/終わりへ向かっているような/あぁ このままの僕じゃいられないよな》
『テイクミー』というミニアルバムは、やはり石原が「原点」を見つめ直し、弱さや情けなさも一度肯定したうえで未来へ進んでいくという、そんな想いが色濃く感じ取れる作品だと思う。“猫の背”の歌詞も、とことん自分自身の過去と現在に向き合って書き上げた一曲だろう。『テイクミー』リリース時のインタビューで石原は「当時もたぶん自分は不安だったはずで、その当時の俺に、『きっと大丈夫だよ』って言える歌詞にしようと思ってできた曲」だと語っていた。《足りないもの》を自覚していながら、それを手に入れられないまま《終わりに向かっているような》不甲斐なさややり切れなさを感じる自分と、それでも《このままの僕じゃいられないよな》という、とても微かな、でも確信に満ちた予感。そのふたつの想いに揺れながら生きる日々を歌うこの“猫の背”は、多くの人の日常にも寄り添う曲となった。
⑦シンデレラボーイ
《シンデレラボーイ 0時を回って/腕の中であたしを泣かせないで/気づかないふりをしてそのまま/つけるタバコが大嫌い》
2021年8月にリリースされた5thミニアルバム『レイジーサンデー』に収録された、Saucy Dogの大名曲。石原が初めて全編まるごと女性目線で書き上げた楽曲である。調子のいい男、でもやっぱり好き──そんな切ない女心がリアルに描かれるこのサビの歌詞が秀逸だ。特にラスサビ前の《死んで》から《シンデレラボーイ 0時を回って》とつながるくだりにはやられる。ここでは《死んで》という言葉に切迫した重さはなく、「好きだと思う自分が悔しい」というか、「惚れたほうの負け」的な、いい意味での軽さがある。でもそんな軽口の裏にはやはり捨てきれない想いがあって、あなただけでなく、自分も《気づかないふりをしてそのまま/騙されてあげていたの》だとギリギリの強がりで結ぶ歌詞に切なさが滲む。それぞれの《気づかないふり》の対比が、この恋愛の不均衡なパワーバランスをうまく表現している。
⑧わけあって
《ソファーの右側 凹んだ跡が化石みたいに今でも/ちゃんと覚えているから捨てちゃったよ?》
恋愛曲においての石原の作詞は、鮮やかにその風景が浮かび上がるものが多く、それゆえ物語性に富んだ楽曲が数多く生み出されているわけだが、“わけあって”のこの描写は見事。《ソファーの右側 凹んだ跡》という表現の中に、彼女はいつもこのソファーの右側に座っていたこと、凹みが跡になるほど一緒に過ごした時間が長かったこと、そしてその跡に男はどうしようもなく彼女の不在を感じてしまうことなどが、一度に想起させられる。男は引っ越しを機に、このソファーを捨ててしまったらしいが、窮屈だった空間を《訳あって》、《分け合って》過ごした日々を思い返しては、未練を断ち切れずにいる。特段ドラマチックに書き上げるわけではないが、淡々と心情を吐露するような歌詞だからこそ生々しく、リアルなのである。この楽曲も『レイジーサンデー』に収録。
⑨東京
《最近は随分慣れてきた気がするよ/失ってさ、得たものがなんだか/割に合っていないんだ》
「東京」をテーマにした楽曲は、これまでも多くのバンドやミュージシャンが手がけ、自身の歴史や心情が綴られるものが多いだけに“東京”と名のつく楽曲には名曲が多い。石原の描く“東京”もしかり。故郷である島根から上京し、その暮らしにも慣れた「今」の想いを歌詞にしている。東京に過剰に夢を見るのでもなく、かと言って東京に絶望するのでもなく、石原のリアルな東京観が綴られている。「めちゃめちゃ絶望してるだけの人や、希望だらけの人なんていなくて、東京でいろんなことを諦めて、それでも自分は頑張っていきたいと思うっていうのを歌にしたかった」とは、『レイジーサンデー』リリース時のインタビューでのひと言。愛する故郷での生活を捨ててまで、音楽をやるために上京した自分が、まだそれに見合う対価を得られていないというフラストレーション。その表現の温度感が実にリアルで、だからこそ「頑張っていきたいと思う」という心持ちも含めて、多くの共感を呼ぶ楽曲となった。
⑩優しさに溢れた世界で
《それとひとつだけお願い/僕ら⼤袈裟な事じゃなくて/もっと優しさに溢れた世界で/笑ってたいと思ってるだけ》
フジテレビ『めざましどようび』のテーマソングとして書き下ろされた楽曲。一日の始まりの風景から、様々な情報や流行に心が揺れがちな自分自身を落ち着かせていくように、その思考の流れが飾らない言葉で歌詞に綴られていく。うまくいくことばかりじゃないし、息つく間もないほど忙しなく過ぎる日々ではあるけれど、自分が大事にしていることは《僕だけが知ってれば良い》という思考は、ネガティブなほうに流されないための自分自身へのマントラなのかもしれない。そこには自身の幸福を誰かに委ねるようなことはしないという意思が滲むが、だからこそ《ひとつだけ》と、石原は願う。《僕ら大袈裟な事じゃなくて/もっと優しさに溢れた世界で/笑ってたいと思ってるだけ》と。ここに書かれた《優しさ》とは、適度な距離感を持った「寛容さ」のことではないだろうか。常にどこかで誰かが見知らぬ誰かの言葉に傷ついている時代だ。そんな時代の《優しさ》とはなんなのか、この歌は深く問いかけてくる。
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