ウェインの魂

ザ・フレーミング・リップス『エンブリオニック』
2009年10月21日発売
ALBUM
フレーミング・リップスの新作。と事前に聞かされなければ、おそらく一聴には誰もそうだと気づかないのではないか。いや、たとえ聞かされたとしても俄かには信じ難いかもしれない。リップスといえば、あのカラフルで桃源郷のようなポップ・サウンド。あるいは今夏のサマソニの記憶も新しい、あの福音が降り注ぐような祝祭的なライブ・パフォーマンス。そんな、『ザ・ソフト・ブレティン』以降、拡大を続けた彼らのイメージがこびりついた耳と脳には、今作は少々刺激が強すぎる。そのイメージを期待して聴くと、軽く戸惑いを覚えるかもしれない。しかし、それでも今作を聴き終えたとき、そこには、より自由にラディカルに“音楽の魔法”が解き放たれた彼らの姿を、誰もが実感できるはずだ。

大雑把にいって、メロウでサイケデリックな曲と、ガレージ調のフリーキーな曲、あるいはその中間色的な曲で構成された18曲。2枚組だが、サウンド的にディスク毎のコンセプトがあるような印象はなく、また収録時間も70分強と、体裁のわりにはコンパクトな内容ともいえる。荒くザラザラした音像に初期のアングラ時代の面影も浮かぶが、ジョン・レノンやマイルス・デイヴィスの作品をウェイン自ら引き合いに出して語られる今作は、手触りは異なれど、ポップとエクスペリメンタルのスリリングな相思相愛を描いた作品に他ならないのだろう。エンタメ的なキャッチーさは薄いが、曲同士の密な連続性、そして聴き通すたびに相貌を変えるような生々しさがある。その音と歌からは、近作にも増してウェインの息遣いや脈拍までもがリアルに聴こえてくるようだ。(天井潤之介)