今回のリイシュー企画の最後を飾る『ザ・ウォール』特別盤。言うまでもなく『狂気』に次ぐ商業的成功を収め、2枚組のアルバムとしては世界で最も売れた作品だ。『狂気』以降のロジャー・ウォーターズが抱えた疎外感は、続く『炎』でパーソナルに、『アニマルズ』では社会的な方向へと増大し、ついに本作で大爆発を起こした。ツアーでは舞台上に巨大な白い壁を積み上げる大掛かりな セットを導入し、アラン・パーカー監督の映画版も作られた。個人的な心情を、これほど馬鹿デカい規模にまで風呂敷を広げながらアートに昇華し、エンターテイメントとして大量消費させた例は後にも先にも無いだろう。結局その反動でバンドは崩壊してしまうのだが……。
　
デラックス盤にもボックスにも、サラウンド・ミックスが収録されてないことは当初すごく不満だったのだが、作品にまつわるあれこれを改めて考え直すと、もうこれ以上いいじゃないか……という呟きが聞こえてきた気がした。それより世紀の大作が誕生する過程が明らかになるデモ音源を聴き、内省に沈み込む方が、今この作品に向き合う態度としては正しいのかもしれない。(鈴木喜之)