今や世界のシーンをリードする「トロピカル・ハウス」。その火付け役、カイゴを徹底検証

カイゴ

EDM史上、もっとも柔らかな衝撃。カイゴの登場にコピーを付けるとするなら、そんなふうになるだろうか。今春、晴れてアルバム・デビューを果たしたカイゴは、現在24歳。ノルウェー出身のDJ/プロデューサーだ。アルバム『クラウド・ナイン』の日本盤リリースから約1か月が経ち、彼の音楽は滑らかで美しい音像そのもののように、じっくりと染み渡り余韻を残してきた。

今やトロピカル・ハウスのアイコンとして活躍するカイゴだが、何しろエキセントリックさとは無縁のスタイルであるために、その衝撃の輪郭を掴みにくいところもある。そこで今回は、カイゴ(とトロピカル・ハウス)の登場がいかに画期的で、かつEDM史の必然の中から生まれてきたものであるかを、あらためて確認しておきたい。なお、ULTRA JAPAN 2016でデッドマウス、ハードウェル、ナイフ・パーティーらとともにヘッドライナーとしての参戦が決定。必見だ。(小池宏和)

“Raging ft. Kodaline”

トロピカル・ハウスとは何か

大型のEDMパーティに出かけてみると、温かみのある生音を駆使したディープ・ハウス由来のサウンドが再燃していることに気づく。トロピカル・ハウスやフューチャー・ハウスはディープ・ハウスの派生形であり、丸みや温かみ、湿り気を帯びた音像が特徴的だ。とりわけトロピカル・ハウスはラテン・パーカッションなどを絡めたアッパーなものもあるが、サウダーヂ感など深い情緒を湛えたサウンドが主流になっている。

ドイツのロビン・シュルツや、オーストラリアのトーマス・ジャック、ベルギーのロスト・フリークエンシーズらがトロピカル・ハウスの勃興期を支えると、ディプロやスクリレックスといったベテランDJたちはこの新トレンドに注目し、メジャー・レイザー“Lean On”やジャックÜ“Where Are U Now(with Justin Bieber)”といったポップ・ヒットにその要素を織り込み、世に知らしめることになる。また、カイゴを絶賛するディプロは、2014年春にBBCレディオ1のプログラム「Diplo and Friends」でカイゴによるミックス音源を紹介した。

ポスト・アヴィーチーの時代

プログレッシヴ・ハウスやトランス、ダブステップやトラップといったEDMは、より確かな快楽や開放感を目指す過程で激しさをエスカレートさせていた。トロピカル・ハウスはその反動として生まれ、チルアウトに特化したスタイルで人気を博したという側面があるわけだ。「TomorrowWorld 2014」でパーティに心地よいチルの風を吹かせたカイゴは、「Ultra Music Festival 2015」のテーマ曲“ID”を手掛け、新時代の到来を示してみせた。

シーンが生音ハウスへの回帰を目指したきっかけのひとつに、アヴィーチーの登場があったのは間違いない。アルバム『トゥルー』の大ヒットは、エレクトロ・ハウスの画一的な流行に楔を打ち込んだ。しかし今後、アヴィーチーがライブ活動を休止すると、おそらくEDMシーンは、強力にアップリフティングなサウンドと、チル特化のサウンドに二極化が進むと思われる。スタイル細分化の時代に響く、スペシャリストの音。それが、カイゴの瑞々しく情緒的なトロピカル・ハウスなのである。

「TomorrowWorld 2014 Kygo」

現代に2つの働きをもたらすアルバム『クラウド・ナイン』

EDMパーティにおけるカイゴのチルアウト・ミュージックは、明確な役割分担の中で、ジェットコースターのような抑揚と爽快感をもたらすことになる。そしてもう一点、独立したアルバムとしての『クラウド・ナイン』は、ジャンルを超えて優れたヴォーカリストたちを招き入れたポップ・アルバムでもある。ABBAやニュー・オーダー、ホット・チップといった歴史に連なる、情緒的で日本人好みなダンス・ポップ作としても楽しむことができるわけだ。

記事の冒頭に動画を掲げた今春のシングル“Raging”は、雄弁なギター・リフレインとエレクトロのフレーズにコーダラインの歌声が伝うナンバーだ。かつてコンラッド・スーウェルをフックアップした“Firestone”は各国チャートを賑わし、ジェイムズ・ヴィンセント・マクモローといったフォーク畑からジョン・レジェンドのようなソウルの大物、トム・オデールやフォクシーズといった才能もフィーチャーされたアルバムだ。また、“Nothing Left”に登場するUKのウィル・ハードは、新世代ハウス/ソウルの歌い手としても脚光を浴びている。

“Firestone ft. Conrad Sewell”

「共感」で世界をひと繋ぎにしたカイゴ

“Stole The Show feat. Parson James”は、現時点で1億5千万回ものストリーミング数を記録しているという。華々しいEDMカルチャーは今や世界の共通言語となりつつあるが、そこで生まれ来る反動を丁寧に汲み取ることで、カイゴは多くの人々の支持を集めた。もっともその音楽は、カイゴ個人の自然な感性によって生み落とされたものにしか過ぎないのかもしれない。過剰な作為を感じさせることなく、混沌とした時代に人々を繋げてしまったカイゴと『クラウド・ナイン』の面白さは、時を経るにつれさらに大きな意味を浮かび上がらせそうな気がする。

“Stole The Show feat. Parson James”

提供:ソニー・ミュージックレーベルズ

企画・制作:RO69編集部

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