集大成的アルバム『marasy piano world』を語る
2008年よりニコニコ動画、YouTubeへ演奏動画を投稿してきたピアニスト、まらしぃ。このテキストは、11月26日に発売される彼の最新作『marasy piano world』に合わせて話を訊かせてもらったインタヴューとなる。
このアルバムにはニコニコ動画209万回再生の“千本桜”や148万回再生の“初音ミクの消失”などまらしぃの代表作と言える演奏も収められ、かつ、“千本桜”と同じく、TOYOTA「アクア」のCMに採用されてきた“チョコレイト・ディスコ”“プレリュード(FINAL FANTASYシリーズより)”なども収録された、まさしくまらしぃの世界が閉じ込められた一枚となった。聴けばわかるがとてもポップな作品である。ポップスとしての名曲が多く収められているんだからそれはそうだろう、と思われるかもしれないが、彼のピアノはそれ自体がポップミュージックとしての躍動感や親しみやすさを体現していて、だからこそポップとしての機能が高い原曲にさらなるエネルギーが注ぎ込まれる。そうやって最大級のサクセスを重ねてきた彼だが、その演奏は、伸びやかで原曲への愛ある解釈に溢れていたからこそ、多くのリスナーの心を捉えたのだと思う。まらしぃがやっていることは、ポップミュージックのさらなる「ポップ化」である。 そんなテーマに基づき、彼のこれまで、そして最新作に至る道程をじっくり語ってもらった。
キーボーディストじゃなくてピアニストなんだなって。演奏を彩るのじゃなくて、たぶん全部自分でやりたかったんでしょうね(笑)
――まずいきなりですけど、まらしぃっていう人はピアニストなんですけど、ものすごくポテンシャルの高いポップミュージシャンだと思ってるんですよ。
「ありがとうございます。定義は人それぞれですけど、僕も勝手にポップやロックだと思ってて。昔クラシックをやってはいたんですけど、先生とちょっといざこざがあって(笑)。そのあとで、好きなようにやることを根底に置くようになったので、きっとそれは正しいんじゃないかと思います」
――先生とうまくいかなかったっていうのは? まらしぃさんのピアノはどう見たってうまいわけで、当時も一定の評価や手応えみたいなものはあったはずなんですけども。
「手前味噌ですけど、どうやら筋は良かったというふうには言われてまして。小学5年生ぐらいまで、母親の知り合いの先生のところに通ってたんですけど、その方が『もっといい先生のところに行きなさい』って紹介してくれて。だからなかなか辞めづらかったんですけど(笑)」
――それでピアノから1回遠ざかってしまうわけなんだけど、それはそれで勇気が必要だったことですよね?
「勇気がいったというより、小学生の時に知り合いのつてで、レストランで2週間に1回ぐらいピアノを弾いてて。ちっちゃい子が何か弾いて『わー、すごい』って言ってもらえるのがうれしくて、それを楽しみに続けてたんですけど。中学生ぐらいになるとわりと当たり前になってきて、そういう賞賛を浴びる機会もなくなり、興味が薄れまして(笑)。それに拍車をかけて、親には『練習しろ』って言われるし、先生にもいろいろ言われるしってことで、まあ、嫌いになってたんだと思います」
――今の話はすごく納得いくところもあり。やっぱりピアノは自分を高めるために弾くものじゃないんだっていう。オーディエンスに向けて弾く、リアクションがある、それで初めて楽しいっていう。
「そうですね。家でえっちらおっちら練習して、ようやく弾けるようになった喜びもあるかもしれないですけど、誰も聴いてくれないとちょっと寂しいですし。先生のところに持って行っても『ヘタクソ』としか言われないですし(笑)」
――その時、「やっぱりピアノがないと俺の生活って100点にならないな」っていう感覚はありました?
「そういうのもなくて。再開したきっかけも、たまたま弾いてみたい曲ができてっていうところでしたので」
――久々に弾いてみた時はどうでした?
「昔はやっぱり、それなりに自信があって。一番調子に乗ってた時は、同年代で俺よりうまい奴いるのかとか思ってましたから(笑)。けど、改めて弾いた時に『やべ、弾けねえ』ってなって。そのときにうまく弾けてたら『やっぱり僕うまかったんだね』ってそのまま流れてたかもしれないんですけど、気に入らないぐらい弾けなかったので(笑)。ちょうど大学の夏休みで時間はあったし、久しぶりに真面目にやってみるかと。人前に出せるぐらいまでなんとか持っていって、その時に動画を撮って。その曲を教えてくれた奴に『弾いたから観てよ』っていう手段として動画を投稿したんですけど、動画で客観的に自分の音を聴いたら、『やべ、下手だな』ってなったわけですよ(笑)。そこからちょっと、自分のピアノの捉え方が変わったかなという気はしますけどね」
――そこでテクニカルな方向をもう1回突き詰めていくっていう発想もあったと思うんだけど、それよりも楽しむ・楽しませるっていうベクトルが入ってきたわけですよね。
「それはたぶん、弾いてる曲が僕の好きな曲だったからだと思います。ゲームの曲であったり、アニメであったりボーカロイドであったり。昔はショパンとかベートーヴェンで、それは弾きたいって弾いてた曲じゃなかったので」
――まらしぃさんのピアノっていうのは、そもそもテクニカルに昇華させていくというより、好きな曲を楽しく弾くっていうのが大前提だったんですよね。そしたらやっぱり楽しかったと。
「そうですね。楽しかったのもそうですし、レスポンスがあったので。うまいなり下手なり、『次はこの曲を弾いてくれ』なり、やっぱりちょっとうれしかったもので。『ここ下手って言われたから、次は気をつけて弾いてみますよ、ありがとう』みたいな感じで(笑)」
――それは子どもの頃に人前で弾いてたのと、本質は変わりませんよね。
「そうですね。原点はそういうとこだと思います」
――「やっぱり俺にはピアノなんだな」とか思ったことは?
「うーん、その頃には思ってなかったんですけど。動画投稿を重ねていくにつれて、当時ニコニコ動画系の奏者をブッキングしたライヴみたいな、いろんな人たちを集めて、いくつかバンド作ってっていうライヴに呼ばれたりする機会がちょくちょくあったりして。『鍵盤担当で弾いてよ』みたいに声かけてもらえたりするとうれしくて出るんですけど、僕はソロピアノしかやったことなくて。せっかく誘われたからにはと思って一生懸命やるんですけど、あんまり向いてねえのかなと(笑)。キーボーディストじゃなくてピアニストなんだなって、そこで気づいたのはありました。演奏を彩るのじゃなくて、たぶん全部自分でやりたかったんでしょうね(笑)」
次投稿する曲とかを予想されるのも、ちょっとあれですよね。誰にも当てられなかったりすると、「よし!」って(笑)
――目立ちたいところも当然あると思います。でも、まらしぃさんのピアノっていうのは、すごくフィジカルに聴こえるわけです。完璧な演奏みたいなゴールがあってそこに近づけていくピアノではなくて、自分の中から気持ちよさを生み出していくためのツールで、潜在的な何かを引きずり出してくるためのものっていう。
「それはちょっとかっこいいですね(笑)。でも、そうですね。思ってることをとりあえず全力で外に出すことをしてるような気はします」
――ある意味すごくパーソナル。だからこそポップなんですよ。
「だからこそですか」
――ポップミュージックは基本的に超パーソナルなものだと思うんですよ。ものすごい個人の、一点の気づきによって生まれてくる。でも、それが作品という形で表現されると、誰もが納得できるものになる。どんなアーティストでも同じで、誰かが超個人的な気持ちよさを突き詰めたことによって、世の中の人たちが気づくわけじゃないですか。
「なるほど。ちょっと納得します。確かに、弾いてる僕が楽しくなかったら、たぶん聴いてる人も楽しくないだろうなって思うので。裏返すときっとそういうことだろうなと思います」
――うん。ちゃんと自分の責任において出せるものじゃないと出せないと思うんですよ。
「そうですね。ひとりだと自分でお尻を拭くことができるっていう、そこですね(笑)」
――自分に向き合ってるのに、全然自分だけの世界に閉じこもってないんですよ。そこが素晴らしい。
「人が見逃しがちなところに焦点を当ててポップミュージックにするっていうことが、今刺さりまして。たとえばゲームのBGMとか、そのゲームをやったことがある人が聴けば『そう、ここのボスがね』って思い出すかもしれない。そういうのってちょっと近いのかなとか、今思ったりしましたね」
――風呂が沸いた時の音とかピアノで弾くじゃないですか。
「あれはけっこうやけくそでしたけど(笑)」
――(笑)けど面白いですよね。こういうふうにやれば面白いものになるんだよっていう。まらしぃさんは、日常のBGMのポップミュージック化っていうのをやっているわけですよ。
「おおー(笑)。結構偉大なことやってるかもしれないですね(笑)。弾く曲に関しても、『流行ってるから弾いて下さい』っていうのはちょっと、心が動かなくて。次に投稿する曲を予想されるのも、ちょっとあれですよね。誰にも当てられなかったりすると、『よし!』って(笑)」
――まらしぃさんが弾くピアノによって新しいエンターテインメントが生まれるし、その曲にとってもリスナーとの違う出会いが生まれる。そういう曲への愛し方がすごくあるなあっていう気がするんですよ。
「そうですね。根底はやっぱり好きで弾いてるわけですから、なんだかんだ最終的にそれが好きかどうかがかなり重要だと思いますので。『言われたから弾きました』っていうのは中学校ぐらいまででいいかなと思って(笑)」
――それやっちゃったらまたね。
「戻っちゃいますよね」
――また辞めたくなっちゃうかもしれないし。
「ははははは! 『ごめんなさい、もう弾かないです』って(笑)」
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