どの出来事も曲に変換して作品になるのなら、あの時流した涙は無駄じゃないなと思える
――(笑)。愛さんの自信のなさや自虐的な発言は完璧主義ゆえなんですね。
「それは大いにありますね。脳と心の距離が離れているんですよ。心は自分のやりたいことに対して力を尽くしている実感があるけれど、脳はすごく冷静で客観的で、『自分の成し遂げたいことに全然追いついてないね』と言ってくる。そのアンバランス感が葛藤を生んで、落ち込んじゃうんですよね。脳の自分が好きなタイプと、実際の私のタイプが違いすぎるから……脳の自分が『あなた好きなタイプよ』と言えたら合格かな」
――とはいえ、これまで脳の愛さんが心の愛さんを褒めたりすることはありましたよね?
「『すごく良くできたな』と思う曲がたまに。たとえば“恋愛写真”はそうですね。この曲を聴くと、その時間だけ『ああ、恋っていいね……』と思うんです。音楽のマジックが入っている曲は素晴らしいと思うんですよね。作れて良かったと思うし、これを作らせてくれた恋愛相手にもすごくありがとう!と思う。役に立った!(笑)」
――ははは(笑)。ソングライターの生き方だなと思います。
「どの出来事も曲に変換して作品になるのなら、あの時流した涙は無駄じゃないなと思えるから、どんなことがあっても生きてこれた。音楽を作ることで助けられてるなと思います」
――“日々、生きていれば”はそういう曲では?
「これは不思議な曲で、私が知っているとある人の生き方に入っていって、この人はこうするだろうな……と考えて書いていった曲なんです。その人になってみたがる、というクセですね」
――クセ、ですか。その身体を借りる相手は、愛さんが引きつけられる人ですか?
「そうですね。『なんなのこのひどい人?』と思うような人でも、だからこそその人の中に入ってみたい!と思うこともあって。入ってみてその人の気持ちを確かめるような感覚なんです。“日々、生きていれば”を作ったことで、入った相手が愛情深い人だということがわかったんです。“私”もタイアップ曲なので、タイアップ作品の主人公の中に入って歌詞を書いていったし、“甘えんぼ”もいつも彼のことを語る友達を見ていて『あなたいつも甘いわね~。こんな甘い感じの女の子になれたらいいなあ』と思って彼女の身体を借りて書いたものだったりして。世間では私が甘えんぼだと思われてましたけど(笑)」
――ははは(笑)。作家的に曲を作ることも多く、脳と心に距離がありながらも、やはり根底にあるのは愛さんの想いなのではないかなと思います。
「自分の目で見えたものでないといけないなとは思っています。見てもいないのに『綺麗で素晴らしい』みたいに言っちゃうのは、偽善的だし薄っぺらい。ちゃんと自分が見て『ああ、なんて綺麗なんだろう』と思ったうえで『綺麗』という言葉は使いたいというか。曲のテーマが自分でなくても、『なんて綺麗なんだろう!』と言っている彼女の顔を自分が見て、『本当に綺麗だと思っているんだろうな』と感じて入っていくんですよね」
――それは愛さんからその人への思いやりですよね。でもそれとは真逆のように、“シヤチハタ”のような意味のないことをやるのも大塚 愛であると(笑)。
「あははは!(笑)。“シヤチハタ”とか“ポンポン”みたいに、無意味なこと、わけがわからない!というものが好きなんですよね(笑)。言いようのないストレスを表したのが“ポンポン”。そういうのも人間らしくて好きですね」
自分の持っているキャッチーさ、ポップさを痛々しくない程度に初期化してる感じの曲ができてきている
――愛さんの音楽を10代で聴いていた世代は、現在30代前後で。となるとこれからさらに親子連れで愛さんの歌を聴きにくる人たちが増えると思うんです。
「もっと増えてほしいですね。やっぱり世の中に存在する名曲たちは、長い時間を経ていろんな世代に浸透しているからすごく強くて。そういう曲をなるべく1曲でも多く出していくことが大事なのかなと思っていて。自分が死んだあともずっと残っていく名曲を作ることがずっと目標です」
――愛さんが思う「名曲」とは?
「中島みゆきさんの“糸”みたいに、歌ってるご本人はクセの強い声でありながらも、誰が歌っても『いいね! その曲!』と思える曲、ですかね。『この人が歌えば名曲だけど、別人が歌ったらそうでもないね』と思う曲は名曲とは言えないんじゃないかな」
――愛さんがデビューした時期はまだぎりぎり学校や職場みたいなコミュニティで同じ音楽を共有していた時代でしたが、この15年で音楽の聴き方も変わって、名曲が生まれにくい世の中になっているのかなとは思います。
「まさにそうなんですよね。当時と今の状況はまったく違うので、それを同じ尺度で測るのは違うと思っていて。だから音楽の流れとして『昔のほうが秀でている』という認識になって前に進んでいかない現状はもどかしくもあります。昔にいい曲があったように、今の時代にももちろんある。でも名曲になり得る『いい曲』を見出す方法をみんな見つけられていない気がします。今回のベストは若い感じの曲も多いので、10代の人に響いてくれたらうれしいな。時を経て違う世代の10代に響くのか?というのは実験的でもあるんです」
――たしかに、自分が10代の時にノックアウトされた曲を、今の10代の人たちはどう受け取るんだろう?と考えることは多いです。
「私が大好きだった『美少女戦士セーラームーン』を娘に見せたら『面白い!』と言っていたんですよ。あ、この良さわかるんだ!ってうれしくて。そういうものになったらいいな。にゃんこスターさんのおかげで幼稚園児が“さくらんぼ”を知っているんですよ(笑)。その子たちが“さくらんぼ”を歌っているのを聴いて、時を越えられたのかな?とも思って」
――それは“さくらんぼ”が、先ほどおっしゃっていた『誰が歌ってもいいと思える曲』になっているということですよね。
「洋楽でも、だれが原曲かわからないカバーが多いですよね。だから“さくらんぼ”がにゃんこスターさんのものと思われているのも、あながち悪いことではないなって。カバーしてくれることでまたその下の世代が“さくらんぼ”に触れてくれたらうれしいな」
――曲が歌手からひとり立ちをすることが、名曲への一歩かもしれません。
「そして最終的には教科書へ!(笑)」
――あははは!(笑)。そうですね。15周年というタイミングで自分を見つめ直して歩みを振り返るのは意味のあることだと思います。でもTwitterなどを見ていると、もう次の制作に取り掛かっているんですよね?
「ベストアルバムを作ったのはもうだいぶ前で、私は今2019年のスケジュールを生きていて(笑)。自分の持っているキャッチーさ、ポップさを痛々しくない程度に初期化してる感じの曲ができてきていますね。2018年は過去の曲を懐かしく歌うこともあったし、こういう歌い方もできるなという新しい発見もあったし、昔の自分の曲を今の自分に合わせていったりしていくなかで、自分は結構ファンキーで変な人だなと思ったりもしました(笑)。ただ秋に気管支をやられてしまって……2019年は健康第一でいきたいし、健康な1年だったと言いたいですね!」