本当に大切だった何かを失ったとき、その痛みを、その悲しみを、全部まるごと伝えることはきっとできない。だって、私の心は私だけのものだから。あなたの痛みはあなたにしかわからないから。伝えようとすればするほど言葉の不確かさに絶望して、それでも届けたくて、私たちは必死に伝え方を探すのだと思う。
『ギヴン』は、そんな言葉にできない感情を「音楽」で描く物語だ。特別な人との別れ、未来への焦燥、新しい「好き」を欲しがっていいのかわからない不安。登場人物一人ひとりが抱える喪失や葛藤、それを乗り越えようとする一筋の光のような想いを、音楽に乗せて伝える。バンドもの、青春群像劇、ラブストーリー──『ギヴン』を形容する言葉は多々あれど、「音楽」を避けて通ることはできない。キャラクターともストーリーとも緻密に絡み合う、『ギヴン』の楽曲たち。アニメ版においてその音楽制作を手掛けたのが、センチミリメンタルだ。オープニングやエンディングの楽曲はもちろん、劇中でバンド「ギヴン」や「syh」が歌う楽曲も彼が制作。『ギヴン』が紡いできた、力強く繊細で、きれいで汚れた心情のすべてを歌にしてきた。言葉じゃ伝えられない、だけどわかってほしい。その切実さがどの楽曲からも伝わってくるのは、作品への深い理解はもちろん、センチミリメンタル自身にも同じような「音楽への飢え」があったからなんだと思う。だからこそ、『ギヴン』の音楽はキャラクターの心情を言葉以上に語り、私たちの心にも響き渡るのだ。
公開中の『映画 ギヴン 海へ』をもって、アニメ『ギヴン』は完結を迎える。そこにあるのは「劇的なハッピーエンド」なんかじゃなくて、彼らの日常はこの先も続いていくのだという、祈りのような予感だった。そんな希望をもたらした、『ギヴン』×センチミリメンタルの運命的な12曲を振り返る。(山下茜)
①“キヅアト”
センチミリメンタルのメジャーデビュー曲で、アニメ『ギヴン』のオープニングテーマ。そして、佐藤真冬と上ノ山立夏の出会いから始まる『ギヴン』の世界に最初の一音を与えた楽曲。それがこの“キヅアト”だ。鋭く空を切るようなブレスからいきなり《君が置いてったものばっかが/僕のすべてになったの》というフレーズで始まり、息つく間もなく疾走感のあるバンドサウンドが展開していく。どこか焦燥感を掻き立てつつエモーショナルな盛り上がりを見せるこの曲は、《心に刺さったままの傷を/携えて日々は続いてゆく》《深くえぐって/そのついでに いっそ記憶を奪ってよ》という歌詞や“キヅアト”というタイトルのとおり、『ギヴン』という作品が持つ痛み=「傷」を内包しながらも、大切な人を失くした真冬の「声にならない叫び」をまっすぐに表した名曲だ。ダイレクトに鼓膜を震わせる、伸びやかなのにひりついた歌声で、「ああ、これこそが『ギヴン』の音楽なんだ」と、全視聴者を納得させた。
②“session”
アニメ第1話、真冬に「ギターを教えてほしい」と頼みこまれた立夏は、バンド(「ギヴン」の前身バンド「the seasons」。立夏/G、中山春樹/B、梶秋彦/Dr)が練習するスタジオに真冬を連れていく。“session”は、そこで披露されたインスト曲。どんなギターの曲が聴きたいかという問いかけに「かっこいいの」とオーダーされ、「抽象的すぎ」と笑う立夏だったが、期待に満ちた真冬の瞳が、忘れかけていた立夏の「音楽への情熱」を呼び覚ますのだ。楽しそうにジャムる立夏を見て、目配せをしながら合わせる春樹&秋彦の息ぴったりなセッションも、互いの音楽への信頼感を表している。
③“まるつけ”
アニメ『ギヴン』のエンディングテーマである“まるつけ”。バンド「ギヴン」の楽曲として、歌唱は真冬役の矢野奨吾が担当している。楽曲自体はもともとセンチミリメンタルが過去に作っていたもので、『ギヴン』のために書き下ろした曲ではないとのことだが、《寂しさは凶器だ/人を傷つけてしまう》や《でも何かが足りない/埋まらない 空欄》といった歌詞、さらにそれを真冬が歌っているということも相まって作品とのリンクが凄まじく、センチミリメンタルと『ギヴン』の世界の親和性の高さが窺える。アニメでは第1話のエンディングのみピアノバージョンで、歌入りのバンドバージョンは第2話で真冬の歌声が明かされてからの解禁となった。真冬の切ない歌声がある種の危うさを感じさせつつも、柔らかくて優しい一曲。エンディング映像で、毛玉(真冬が飼っているポメラニアン)が歩いているのもかわいい。
④“冬のはなし”
アニメ第9話。ずっと歌詞が書けず、直前のライブリハでさえ歌えずにいた真冬がぶっつけ本番でこの歌を歌うシーンは、『ギヴン』屈指の名場面と言えるだろう。恋人だった由紀を突然失くし、「さみしい」と口にすることも上手に泣くこともできないままだった真冬が、自分の想いを歌詞にして、そして歌った。張り裂けるように叫ぶ声が痛々しくて、歌声なのに泣き声のようだと思った。だけどその苦しさをそのまま解放することが、きっと真冬には必要だったのだと思う。かすれながら叫んだ《嗚呼》に、続く《ただそれだけのはなし》に、どれだけの想いが込められていたのか。真冬自身が由紀のいない道を歩きだそうとしているからこそ、「さみしいよ」というモノローグと共に蘇る由紀との思い出がいっそう切なく映る。
ちなみに『映画 ギヴン 海へ』では、“冬のはなし -with 立夏ver.-”として立夏のコーラス入りバージョンが歌われるのだが、真冬の声や歌い方がアニメ第9話から少し変わっていて、季節と時間の移ろいを感じまたグッときてしまう。真冬も立夏も、少しずつ前に進んでいる。真冬の抱えた痛みや傷はもちろん、歌い続けることでバンドの成長も感じられる、『ギヴン』の象徴的な一曲。
⑤“僕らだけの主題歌”
『映画 ギヴン』で真冬と立夏に代わってフォーカスが当たったのは、ギヴンのメンバーである春樹と秋彦、そして秋彦の元恋人・村田雨月の「大人」組。恋愛と夢の両立の難しさや、一度取り合った手を離さなくてはいけない葛藤──新たな始まりと別れを描く本作の主題歌“僕らだけの主題歌”は、全体を通して明るく軽快なメロディだが、そこで歌われるのは過去との決別だ。《ぼやけていくのに 消えはしないような/じゃれ合いの中でついた傷を》《悲しいとき すごく辛いとき/思い出す記憶を 過ごした時間を/この心の背もたれにして》という歌詞から、未練があっても相手の幸せを願って違う道を行く苦しさや、最後だからこそ明るく振る舞う健気さが滲みる。アウトロのヴァイオリンの音色に、「音楽だけは残ればいいのに」と願った雨月の想いを重ねてしまったのは、きっと私だけではないはず。
⑥“夜が明ける”
“冬のはなし”では「自分の言葉をぶつけるだけで精一杯だった」真冬が、今度は「人に届けよう」として作った曲、それが“夜が明ける”だ。フェス出場をかけたコンテストのライブ審査でギヴンが演奏した楽曲でもある。由紀を失ったのち、音楽と立夏に、そしてギヴンというバンドに出会った真冬が、《眠れなくても 夜は明ける》《君がいなくても生きてゆける》と歌う。それだけでどうにもこみ上げるものがあるが、この曲は真冬にとって、秋彦との思い出に囚われたままふたりで暮らした半地下の家から抜け出せないでいる雨月に向けた、祈りのような歌でもあったのだと思う。真冬が歌った“夜が明ける”を聴いたあと、秋彦と雨月は関係を清算し、互いに新しい道へと歩き出す。ライブ審査には通らなかったギヴンだが、真冬の歌は、人の心に確かに響いた。