ジョン・メイヤー@日本武道館

定刻をほんの少しまわった19時3分、会場が暗転すると同時に大歓声と拍手が巻き起こり、ジョン・メイヤーとバンド・メンバーの登場に合わせ、一層ヴォリュームが上げられる。アコギを手にしたジョンがイントロを爪弾きながら「ヒサシブリデス、トーキョー。コンバンハ。ゲンキデスカ?」と日本語で口火を切ると、歓声はもはや悲鳴にも思える域に達する。4年ぶりとなる待望の来日ツアーの東京公演初日(武道館で2日連続開催)、ファンの期待と意気込みがどれだけ高まっているかが端的に表れた熱気である。そして、演奏が始まる。1曲目は“QUEEN OF CALIFORNIA”だ。ギター2人、ベース、ドラム、キーボード、コーラス2人のバック・バンドの伴奏にジョンの歌声が乗った瞬間に完成する、一片の欠落も無い至高の音像。この時点で、恐らくオーディエンスの全員が抱いていたであろう素晴らしいライヴが観られるはずだという予感が、早くも確信に変わる。曲終盤にはエレキに持ち替え、火の噴くようなギター・ソロをこれでもかと引き倒す。のっけからエンジン全開である。2曲目“I DON‘T TRUST MYSELF (WITH LOVING YOU)”では、ゆったりとしたリズムの中で、一語一語力強く歌い上げるジョン。我々が知っている、あの無二の声である。音源を聴いて理解はしていたものの、壮絶だったという2回目の喉の発病および手術の成功を越えての完璧なカムバックを生で確認するというのは、また格別の喜びがある。そしてこの曲でも、終盤には超絶技巧のソロ。惚れ惚れするような音楽家として、完全体のジョン・メイヤーが確かにここにいるのだ。

息つく暇もなくライヴは進む。ここまで固唾を飲んで一挙手一投足を見守っていたオーディエンスを揺らし始めた“SOMETHING LIKE OLIVIA”から、嬉しいサプライズとしてヴァン・モリソンの最高のホワイト・ソウル・ナンバー“AND IT STONED”の荘厳なカヴァーへと、曲調がガラリと変わりながらも一貫して最適解を叩き出すメンバーの技量の高さに改めて舌を巻かされる。さらにここから“NO SUCH THING”~“WHO SAYS”と必殺曲の連打。ツアー前にコメントを出していた「観客から求められていることを喜んで受け入れたいと思っている」という言葉通りの、偏りなくツボを突いてくるセットだ。ただ、そろそろ最新作の曲も聴きたいところ、と思ったタイミングで、ずばりアルバムのリード曲だった“PAPER DOLL”が鳴らされる。もの凄く緻密に構築されたこの激モダンなポップ・ソングを、色とりどりのレイザーライトが放出される中で快活に歌い上げるジョン。この曲でのさらに一段ギアを上げたような気迫の入った演奏を聴くと、やはり今日のこの絶対的な安定感に支えられたポジティヴなグルーヴは、新譜『PARADISE VALLEY』を経たからこそのものなのだと思わされる。思い返すと、前作にあたる『BORN AND RAISED』は、自らが置かれたスターとしての境遇に身を裂かれる中でその負荷を何を動力にして乗り越えるか、という自問に対する回答として「音楽」を再発見した再生の一枚だった。対して『PARADISE VALLEY』は、再度起きてしまった喉の病とその手術を乗り越えたことで、逆に愛してやまない「音楽」に何が起きても身を奉じ続ける決意と確信が漲る作品となっていた。乱暴に言ってしまえば、自分が鳴らす音楽に対する自信がこれまでにない確度で形になった傑作だったのである。その自信は、今日の彼の微塵の迷いも感じさせない演奏からも瑞々しく感じ取れる。

ライヴ中盤のハイライトとなったのは、バンド・メンバーが一旦退場し、チューニングしながらの「オダワラノコウジョウコウコウデニホンゴヲベンキョウシマシタ」というMCも微笑ましかったジョン1人により演奏された“NEON”。イントロ、歌い出し、ソロ、歌い終わりと、曲の節目節目で割れるような歓声が沸く。会場中が、ジョンの発する音に飲み込まれてしまう。しかも、曲の終わりには、リズムとコード、メロディに分けたメイン・リフの弾き方講座まで飛び出す。1万人以上を掌握する1人。圧巻の光景である。続いて、ダグ・ペティボーンが加わり、2人でトム・ぺティのカヴァー“FREE FALLIN’”を始める。こちらもまた、ダグのスティール・ギターとジョンの小気味いいカッティングがそれぞれ主張しながらじわじわと熱を高めていく名演だ。曲を終え、フロアから「ジョン大好き~!」と黄色い声が上がると、即座に「I Love You Too」と囁き返すジョン。どこまで格好良いんだ。

バンド・メンバーが戻り演奏されたのは“BELIEF”。各楽器が派手なフレーズを応酬する極彩色のグルーヴの中、それでも一瞬も主役の座を譲らないジョンのギター。中でも白眉だったのは、荒々しくぶっ飛ばしながら細やかなフレージングも精緻に描き切ったソロだ。今日イチの出来だったのではないか。と、感嘆していると、次は新譜からの“WILDFIRE”で会場全体がハンドクラップを重ねる今日イチの盛り上がりが巻き起こる。一見ではロマンティックなラヴ・ソングに思える曲の中の《僕達は離れられない 僕達は死とだって踊れる》という、「音楽」に対して語りかけているようなキラー・ラインが、ライヴにおいては音楽を触媒に繋がる彼と我々との関係性を歌っているようにも聴こえて、何とも感動的である。

メンバー紹介後、独白のようなシンプルな弾き語りから一転してビートが爆発する壮大な曲展開がスリリングな“DEAR MARIE”で本編を締め、アンコールは“I’M GONNA FIND ANOTHER YOU”と“GRAVITY”の2曲。最後の最後まで微塵の弛緩も無い鉄壁の演奏により、ジョン・メイヤーという音楽家が今どのような高みにいるのかをまざまざと見せつけるライヴであった。それはつまり、彼がトラブルを乗り越えて以前の姿に復活したのではなく、今なお過去のどの瞬間より先へと歩を進めていることを告げる、勇猛にして幸福なライヴだったのである。(長瀬昇)

セットリスト
QUEEN OF CALIFORNIA
I DON’T TRUST MYSELF (WITH LOVING YOU)
SOMETHING LIKE OLIVIA
AND IT STONED ME
NO SUCH THING
WHO SAYS
PAPER DOLL
GOIN' DOWN THE ROAD FEELING BAD
SLOW DANCING IN A BURNING ROOM
NEON
FREE FALLIN’
BELIEF
WILED FIRE
SPEAK FOR ME
WAITING ON THE WORLD TO CHANGE
DEAR MARIE

En1. I’M GONNA FIND ANOTHER YOU
En2. GRAVITY