この日のトップ・バッターは、HCW出演を機に初来日のステージを踏むノルウェーの5人組バンド、ハイアズアカイトだ。深いブルーの照明が揺れながら差し込むステージにメンバーが登場すると、本国チャートで1位を獲得したセカンド・アルバムにして世界デビュー盤『サイレント・トリートメント』のオープニング・ナンバーでもあった“Lover, Where Do You Live?”を切り出す。ボウイング奏法のギターを含めた編成で押し寄せるようなサウンドスケープを描き出し、アーシーでルーツ・ミュージック色の強いメロディが力強い祝祭感を導いていった。カラフルなスパンコールが煌めくショート・パンツを履いたヴォーカリストのイングリットは、身振りを交えながら美しく伸びやかな歌声を届ける。地中をシャベルで掘り進んで世界各地にひょっこりと頭を出す、というユーモラスな歌詞でありながら、重い歴史にも思いを馳せる“Hiroshima”も、フリューゲルホルンを交えたアレンジで披露された。知名度を上げてゆくのはまだまだこれからというバンドではあるけれど、既にオリジナリティとポップな魅力を兼ね備えた明確なスタイル、それにジャズ・スクール出身メンバーの演奏力が遺憾なく発揮される、迫力のステージであった。
続いては、この4月に〈4AD〉から初のフル・アルバム『トレマーズ』をリリースした、ロンドンっ子プロデューサー/シンガー・ソングライターのソン。ポスト・ダブステップ時代を地で行く楽曲のプロダクションはもとより、その美しい歌声が楽しみだったアーティストだ。ニット帽の上にパーカーのフードも被った姿を見せると、2名のサポート・メンバーと共にシンセ・サウンドのレイヤーを構築し、ライヴ仕様の強烈なビートも繰り出して“Warnings”からパフォーマンスをスタートさせる。リズム・トラックやエレクトリック・ベースの演奏をサポートに任せ、ソンことクリストファー・テイラー自身は刺激的なシンセ・フレーズを奏でつつ、サンプラーから繰り出すヴォーカル・リフレインも用いて一人多重ヴォーカルを演出するなど、彼自身の最大の武器である歌声を思うさま活用した心憎いステージを繰り広げていった。シングル曲“Bloodflowers”や“Artifice”でオーディエンスの嬌声を誘い、「もっと踊りたいかい?」とフロアのダンス欲もしっかりと掬い上げる、実にサーヴィス精神旺盛なパフォーマンスだ。それにしても、若手インディー・アクトがブッキングされることの多い序盤2組からして、スタジオコーストのサイズに負けないスケール感のライヴが繰り広げられてしまっている。
さて3番手には、2012年2月の初開催時にも出演したシアトルのパフューム・ジーニアスが、HCW帰還を果たすステージだ。今回は、ドラマーを迎え入れたベースレスの4人編成ライヴ。マイク・ハドレアスが静謐なピアノを奏で、胸にズキンと痛みを走らせるような、その震える歌声が響き渡る。2曲目“Dark Parts”は、「こわれもの」の歌の手応えがそのままバンドによって沸々と膨らみ、ステージを進めるごとに幽玄のギター・サウンドから重厚なバンド・グルーヴを練り上げる新曲と、あくまでもマイクの歌の呼吸を軸にしながらではあるが多彩なアレンジで楽曲群を次々披露していった。ドラマティックかつエモーショナルなR&Bソングの“Perry”、そして“Look Out, Look Out”、再来日の喜びを言葉にしながらの“Sister Song”と続けざまにプレイすると、パートナーでもあるアレンを紹介して椅子に寄り添って座り、めくるめく連弾で披露される“Learning”へ。洗練され、あたかも長い時を経て生き抜いて来たかのような普遍的なメロディ群がコレクションのように並べ立てられるステージは実に18曲にも及んだが、魂を洗われるような余韻が残されるだけで不思議と重苦しさは皆無。マイクも投げキスの仕草を見せて、ご機嫌なステージであった。
ロンドン発の人気者エレクトロ・デュオであるシミアン・モバイル・ディスコは、8月にリリース予定の新作『ウァール』をいち早くステージで再現してしまうという、リリースに先がけたコンセプチュアルなライヴ。暗闇に飛び交うエレクトロニックな音の粒子、そして分厚くダークなレイヤーが立ち上がり、硬質なクリック・ミニマルのビートが鳴り響いていった。扇動的なシンセ・フレーズも繰り出されてボトムとのポリリズムを形成してゆくが、何かこれまでのSMDとは手応えが違う。意図的に徹底しているのではないかというぐらい、ダンス・トラックがストイックでミニマルなのだ。例えば、前作『アンパターンズ』の流れを汲むライヴ音源に触れてみても、SMDのダンス・ミュージックには情緒的なエレクトロニカのフレーズが多く練り込まれている。今回のステージにはそれがない。ドラマティックなメロディやアッパーなリフで乱痴気騒ぎするのではなく、磨き抜かれたビートの効力でフィジカルに訴えかけ、トリップさせる音像なのである。現代型EDMのトレンドとはまるで逆行するような、プリミティヴなダンス・ミュージックだ。ちょっと色気が無さ過ぎやしないかと笑ってしまったけれど、硬派でかっこいい新型SMDであった。早く音源にも触れてみたい。
さあ、初日のヘッドライナーを務めるのは、20年選手にしてNYアート・ロックの息吹を現代に伝える3ピース=ブロンド・レッドヘッドだ。ギター・サウンドが控え目だった一日の終わりに、捩じれつつエモーショナルに響き渡るリフが気持ちいい。ハットを被ったアメデオ・パーチェが先にリード・ヴォーカルを務めると、続いてカズ・マキノが気怠く物悲しいツイン・ギター・サイケデリアの中から美声を届ける“Dr. Strangeluv”だ。疾走するロックンロール“Spring and By Summer Fall”のアウトロは轟音の暴風圏へと突入し、続いてエレクトロニック・ノイズを散りばめた美麗サウンドを繰り広げるといったふうに、ベースレス3ピースの制約の中でも自由奔放に想像力を広げ、時間を支配してしまう貫禄はさすがである。プログラミングを交え、シモーネ・パーチェが攻撃的な16ビートを刻む中にカズがマイクを握ってステップを踏みながら歌う“Not Getting There”。2000年代中盤以降の〈4AD〉から発表してきた楽曲群を多く配したセット・リストになった。9月にリリースを控えた新作『Barragán』からのリード曲として公開されている“No More Honey”は、ツイン・ギターのコンビネーションとダイナミックなライヴ感が映える一幕だ。そして本編クライマックスは“23”→“Melody Of Certain Three”という流れで、アンビエントな哀愁も凄絶なシューゲイザーも盛り込みつつ、オーディエンスを歓喜させてフィニッシュ。さらにアンコールに応えるとカズは「えーと……とっても嬉しいです」と照れくさそうな素振りを見せながらも、ハンド・マイクでもう一曲を披露し、3人で大きく手を振りながらステージを後にした。
今回も世界各地から、それぞれの自己表現を極めたアクトが集結しているHCW。初日は、まるで表現スタイルの異なるアーティストたちにより、期せずして「ミニマリズム」が現代に訴えかけるものを示してくれるという印象の一日となった。キャット・パワーをヘッドライナーに据えた2日目はどうなるだろうか。また、早くも次回HCWが11/2、11/3の日程で開催されることも告知されている(出演者としてまずカイザー・チーフスが発表された。詳細はこちらのニュース記事を→http://ro69.jp/news/detail/104211)ので、ぜひチェックして頂きたい。(小池宏和)