エディ・リーダー @ 渋谷クラブクアトロ

ただただ、至福。以上っ、と思わず締めたくなってしまうくらい、言葉に尽くせぬふくよかな音楽と物語に満たされた一夜であった。エディ・リーダーの、新作『ヴァガボンド』を携えた東名阪クアトロ・ツアー。筆者は今回初めて知ったのだが、名古屋クラブクアトロでは、1989年にフェアーグラウンド・アトラクション(以下FA)として唯一のジャパン・ツアーを行った際にこけら落とし公演を担っていたそうだ。当時のツアーの様子は、名古屋公演でこそないものの『ライヴ・イン・ジャパン』として記録が残されている。その25周年アニヴァーサリーの祝祭感も引き続き持ち込まれる、最終日の渋谷クラブクアトロである。

ヴィンテージの薄いコートを纏って黒い扇子を広げつつ姿を見せたエディは「コニチハー、日本に戻って来たわよー」と笑顔で告げると、FA時代からの盟友ロイ・ドッズ(Dr.)、アラン・ケリー(アコーディオン)、イアン・カー(G.)、ケヴィン・マクガイア(ダブル・ベース)という顔ぶれのバンドを紹介し、まずはアコーディオンの味わい深い旋律と音色に彩られたロバート・バーンズの“Charlie Is My Darling”を切り出す。エディは、母国スコットランドの18世紀に生きた詩人にして伝承音楽研究家=バーンズの遺志を、彼女なりのスタイルで継承するシンガーとしても知られている。

柔らかなバンド・アンサンブルとメンバーのハーモニー・ヴォーカルを纏いながら“Dragonflies”を披露し、ジョニー・ウォーカーと煙草が好きな典型的スコティッシュ・マンの祖父のことを笑い混じりに語ると、その祖父の歌であるというどこかコミカルな新作曲“I'll Never Be the Same”へと繋ぐ。その直後には、FAの“Find My Love”でオーディエンスの大喝采を浴び、あのハイトーンが伸びて宙空で遊び回るようなエディの歌声にもいよいよ拍車がかかっていった。トラッドも新曲もFAナンバーも等価に、肩肘張らず、もったいぶらずにエヴァーグリーンな煌めきだけを残してゆくさまが素晴らしい。

25周年ツアーということもあるからだろうか、FAナンバーが数多く配置されたセット・リストであり、“Allelujah”のソウルフルな熱唱は圧巻だったが、エディ自らコンサーティーナ(小ぶりなアコーディオン)を奏でて歌う新作表題曲“Vagabond”や、日本人との宗教・文化背景との違いに気を配りながら丁寧に説明して披露された“Pray The Devil Back To Hell”、ゲール語の歌を英語詞に翻訳した“Buain Ná Rainich (Fairy Love Song)”、そして女性性をもって生きる強さ/大らかさをがっつり歌い上げる“Married To The Sea”など、音楽の生活者/漂泊者たるエディの表現の広がりを伝える新曲群は、どれも強い求心力を発揮していた。

自ずと、これまでの彼女のソロ・レパートリーは少なめにはなったのだが、ソロ・デビュー作からは切々とした“Dolphins”とトボケた調子の“Honeychild”を続けてプレイ。ステージ上では和気あいあいとコードを確認し合ったりしながら、バスカーのように芸人魂全開でときにテンポを加速させ、オーディエンスの嬌声とハンド・クラップを浴びながらシンガロングを誘ってくれる。ショーケースに陳列したり、崇めたりするような高尚さではなくて、息を吐くようにすぐ隣で豊かな音楽が生まれ来る手応え。それはFAの頃からまったく変わらない。“The Moon Is Mine”は、『ライヴ・イン・ジャパン』に残されているのと同じように、賑々しく“Get Happy”へと移行してまた戻って来る、というアレンジであった。

そして本編終盤、来日公演に携わってきたソニー・ミュージックやスマッシュのスタッフを(半ば強引に)ステージに招き入れると、彼らのコーラスを加えた形で“Perfect”へ。演奏を終えるとすぐさまスタッフたちは立ち去ろうとしたのだが、それを引き止めて日本の童謡/伝承歌“うさぎ”をオーディエンスと共に歌い出すエディである。アコースティック・ギターでコードを乗せて歌っていたのだが、そのコードが滑らかに移行して繰り出されたのは、ジョン・レノンの“Oh My Love”だ。まるでその歌詞がFAでの初来日時を振り返るように、そしてスタッフたちに贈られるように歌われていた。世界中のトラッドもロックの名曲も、自分自身が今このときを謳歌するためにあるツールなのだ。そんなエディのキャリアとスタンスから滲み出るような名演に、鳥肌が立った本編クライマックスであった。

アンコールの催促に応えてすぐさまステージに戻ると、エルヴィス版のロカビリー・アレンジに近い“Blue Moon Of Kentucky”から“Moon On The Rain”という、“うさぎ”からの月繋がりで万感のフィナーレへと向かう。まったくの余談だが、それを聴きながら僕は、今年初頭、デヴィッド・ボウイが独立運動の気運が高まるスコットランドに向けて、日本の月のうさぎの話を引き合いに出しながら独立を思いとどまるようコメントした、というニュースを思い出していた。エディの音楽を、勝手に特定の政治的指向と結びつけるつもりはない。むしろ、人と人との繋がりを深く見つめ、探求しながら、それでも自由に生き、別れたり再会したりして歌い続ける。そんな漂泊者=エディ・リーダーの生き様を観る、2時間超のステージであった。(小池宏和)
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