吉川晃司@日本武道館

吉川晃司@日本武道館
1984年にデビューした吉川晃司の、30周年アニヴァーサリー・ライヴ「SINGLES+」。8月には49歳の誕生日を目前に武道館で「Birthday Night “B-SIDE+”」が行われたが、今回は大阪・オリックス劇場を皮切りに、デビュー年以降数多くのステージを刻んだ東京・日本武道館、そして故郷の広島文化学園HBGホール、愛知県芸術劇場と、それぞれが2デイズの間で楽曲被りなしのパフォーマンスを繰り広げる。今回レポートをお届けするのは武道館2日目の模様であり、今後は広島・名古屋での公演が控えているため、少々の演奏曲表記を含む内容にご注意を。武道館の入場口付近に停められたウィングボディのトラックには歴代ステージで使用されてきた豪奢な衣装が展示され、来場者は無線制御のLEDリストバンド「FreFlow(フリフラ)」を装着して開演を待ち侘びていた。天井に設置されたステージ照明の支柱は、「K」の文字をふたつ背中合わせにしたあのロゴ・マークと同じ形状をしている。

開演時間の15時を回ると、ステージ上のスクリーンには往年のライヴ映像がフラッシュバックするように映し出される。30年もの歳月となれば、普通はその時折のファッションやダンス・スタイルのトレンドが反映されるものなのだが、若かりし頃から近年に至るまで、スクリーン上の吉川は驚くほど変わっていない。いや、あくまでも彼の驚異的な身のこなしや華やかなルックスを前提にした話だが、つまり「吉川晃司」という個性が、常に時代のトレンドを凌駕し続けて来たからこその感覚である。そして照明の抑えられたステージ上、ゆっくりと前方に進み出ながら、現在の髪の色とお揃いのシルバーのジャケットを纏った吉川が歌い上げてゆくのは、アルバム『LA VIE EN ROSE』のフィナーレを飾っていた“太陽もひとりぼっち”。武道館を埋め尽くしたすべての「ひとり」が、吉川の伸びやかで男の色香を感じさせる歌声に注視し、繋ぎ止められてゆく。

吉川晃司@日本武道館
オープニングを沸々と盛り上げていったバンド・サウンドが、目一杯ヴィヴィッドに弾ける“You Gotta Chance~ダンスで夏を抱きしめて~”以降は、80年代吉川のヒット・パレードと呼ぶべきパフォーマンスが繰り広げられてゆく。楽曲そのものは時代を感じさせる部分もあるけれど、それ以上に30年分の経験値をナチュラルに解放してゆくような吉川のパフォーマンスが、所謂「懐メロ感」を希薄にしている。テレビや動画サイトで懐メロに触れる感触とは違って、歌とサウンドが、鋭いアクションが、2014年現在の視界と歌の情景をきっちりリンクさせているのだ。ホッピー神山(Key)や菅原弘明(Key・G)、COMPLEX以降の吉川と共に歩んできた小池ヒロミチ(B)、そして近年はすっかりお馴染みのエマこと菊地英昭(G)、ツーバス・セットの青山英樹(Dr)と、盟友がズラリ揃ったバンドも盤石だ。

「30年に一回、こういうライヴをやろうと。次は79歳なんで、たぶんムリです。懐かしいの上にクソが付く曲をやりますんで。17歳のときの曲とかね。かわいいよ?」と茶目っ気も覗かせながら、スウィートで爽やかなポップ・チューンに華々しく力強いダンス・ナンバーと、楽曲群を披露する吉川。2日間で重複曲なしとはいえ、そこは吉川の30年。ヒット・シングルの数々に印象深いアルバム曲まで、やるならとことん、というサービス精神旺盛な選曲が凄まじい。

吉川晃司@日本武道館
自らギターを携えエマとデッド・ヒートを繰り広げる一幕では、特注の30周年記念リング(Kマークと黒ダイヤ入りらしい)が3本、まとめて指から抜け落ちて飛んでいってしまうというハプニングもあったが、その直後には“VENUS ~迷い子の未来”のキャッチーなコーラスを放って一気に熱狂の渦に叩き込む。エキゾチックな情感が練り込まれたアレンジの“Nervous Venus”に続いては、スクリーンに映し出された懐かしい短冊形のシングル・ジャケットを背景に官能的な歌声で“エロス”を届けるなど、次第に90年代ヒットを中心にしたセットに移行してゆく。ミディアム・テンポの名曲で響かせる、強烈な倍音が効いた名唱は吉川印ヴォーカルの真骨頂であった。それでも、決して楽曲群をリリース順に並べることはなく、念入りに考え抜かれた選曲・曲順になっている。吉川自身も言及していたが、思えば今回のツアーと同タイトルの30周年ベスト盤『SINGLES+』もまた、ライヴ・テイクやテレビ出演音源なども含めた膨大な楽曲ライブラリから収録曲を厳選した、力作コンピレーションであった。

溢れ出る衝動がアイデアの源泉となり、全身を使って描き出される吉川流エンターテインメントの30年。無地の旗印を背負い、今現在の戦いを伝える“SAMURAI ROCK”、ステージの全照明とオーディエンスのFreFlowが一斉に灯されて大シンガロングを巻き起こす“KISSに撃たれて眠りたい”、そしてダイナミックなバンド・サウンドで描き出されるDISCO K2 TWINSのキラー・チューン“Juicy Jungle”など、本編後半戦の一気呵成に形作られる狂騒は圧巻だった。ステージに仰向けに倒れてからブリッジで跳ね起きる肉体、歌詞をアドリブで変えて巻き起こす大歓声、もちろん、身体をコマのように捻って放たれる飛び回し蹴りシンバル・キックも披露される。

吉川晃司@日本武道館
アンコールに応えて再登場した吉川は、「名古屋が終わったら、来年は何も決まってないんですよ。ライヴ会場ってのは、1年半前に取らなきゃいけないんで。まあ、何ヶ所かはあるかも知れないけど……例えばさあ、吉川食堂に食べに来て、メニューぜんぶ食べたら、しばらくいいやってなるかも知れないじゃん。なるかも知れないの! だから、歌はたぶん、死ぬまで歌いますよ。それが来年かも知れないし、再来年かも知れないけど……違う! そういうことじゃなくて、つまり、ほっといて!! 予定調和って、つまらないじゃん!!」と笑い混じりに告げていた。あまりにも秀逸なフレーズなので繰り返すが、「予定調和ってつまらないじゃん!!」ほど、吉川晃司という表現者を端的に説明した言葉はないだろう。「今日は、遠くから来た人も帰れるように(15時開演に)しました。何より、次もまた笑顔で会えるようにね。吉川も約束したいと思います。何が起こるか分からないご時世ですから」と告げ、彼は最後のナンバーに向かっていく。

30年にわたって保たれてきた吉川晃司の表現衝動は、いつでも必ず、巨大な愛の形となって人々に伝えられることになる。とりわけ、この一連のアニヴァーサリー・プロジェクトは、そのことがとても顕著だった。広島・名古屋においても、心ゆくまで受け止めて欲しい。そしてまた、あの激流のような愛に身を任せる日を楽しみにすればいい。(小池宏和)
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