1978年にサザンオールスターズの一員としてデビューした原 由子が、ソロとしての活動を開始したのが1981年。今年はソロデビューから45周年ということもあり、スペシャルなライブが京都と鎌倉の2都市で開催された。「原 由子 45th Anniversary Live『京都・鎌倉物語 2026』」と題して、それぞれ2デイズで計4公演。その最終日、4月7日、鎌倉芸術館でのライブに足を運んだ。
SEに導かれるように原 由子がステージに登場すると、会場中から大きな拍手が湧き立つ。ライブは“あじさいのうた”(1987年)でスタート。色とりどりの和傘をコラージュしてあじさいに見立てたセットがとても美しい。穏やかに恋に落ちていくリズムで響くバンドサウンド、そして原 由子の歌声が会場中に響いて、リリースから40年に差しかかろうかというこの曲が今も鮮やかに心を照らす。続く“春待ちロマン”(1988年/『ガール(GIRL)』)にも引き込まれる。スクリーンには青空に舞い散る桜、海辺の町、夕焼け空と海鳥──40年前も今も、変わらずそこにある風景が映し出されて、原のやさしい歌声に心がほっとあたたまるような始まりだった。
原は、「サザンオールスターズでさえこんなに長く続けられるとは思っていなかったです」とデビューを振り返り、「ましてソロとして、それもこの年齢でライブができるなんて自分がいちばん驚いています」と、この日を迎えた感慨を言葉にした。その言葉に客席からは大きな拍手と祝福の歓声が湧く。その少しかしこまった空気を自ら崩しにいくように、「それでは最後の曲です」とまさかのボケをはさむ。それを受けてバンドメンバー全員が大いにズッコケるという一連の流れは、さながらクレイジーキャッツのようでもあり、昭和のエンターテイメントへのオマージュに思わず頬がゆるむ。そしてあらためて「今日は歌っている時だけは年齢のことは忘れて、恋の歌をいっぱい歌いたいと思います」と、披露したのは、サザンオールスターズのアルバム『Young Love』(1996年)から“恋の歌を唄いましょう”。《カモメだけが知っている/遥か恋の旅路を》と歌う歌声が、いつかの恋の答え合わせを促すように、時を超えて語りかけてくるようだった。さらにサザンオールスターズの『人気者で行こう』(1984年)から名曲“シャボン”。少女が大人になって恋の憂いを知るような、メランコリックなメロディと、咽び泣くようなサックスの音色が胸に沁みる。
原は「久しぶりに“シャボン”を歌ってみました。サザンオールスターズは今年6月で48周年を迎えます。私はつい先日還暦を過ぎたばかりだと思っていたんですけど、気づいたら今年はもう60代最後の年」と振り返り、この2月に桑田佳祐が古希を迎え「一生青春」と言っていたことにも共感しつつ、「私もそんな気持ちで年を重ねたいと思っています」とその想いを口にした。
1991年のソロ曲“Anneの街”、“少女時代”と、少女の繊細な感情を表現する歌声を響かせたあとは、最新アルバム『婦人の肖像(Portrait of a Lady)』(2022年)から“鎌倉 On The Beach”へ。女子校時代の思い出を歌った“少女時代”が、今も変わらぬ鎌倉の景色を媒介にして“鎌倉 On The Beach”へとつながる、その不思議。まさに《幽玄の風》が吹くように、原 由子というボーカリストのその歌声自体もまた、しなやかに時を飛び越えて響いてくるのだ。
続いて45年前の1stアルバム『はらゆうこが語るひととき』(1981年)から、「尊敬する宇崎竜童さんに作曲をお願いして、快く引き受けていただいた曲」と紹介し、“うさぎの唄”へ。当時、原が仮題として平仮名で「うざきさんの歌」と書いていたものを、アシスタントが間違って「うさぎさんの歌」と書き写したことから、このタイトルと歌詞になったという。その曲を「『まんが日本昔ばなし』の世界観で」と告げると、鳥獣戯画的な線画のアニメーションや、農夫の野良着に身を包んだダンサー、さらにうさぎの着ぐるみまで登場し、まさに古の日本の情緒をあたたかく表現していく。この曲に続いたのが、1983年の2ndアルバム『Miss YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd』からの“夕方Friend”だったのはとても意外で嬉しい驚きだった。スティールパンの響きがトロピカルでポップなサウンドスケープを形作り、一気に陽のグルーヴへ。曲の合間には、斎藤 誠(G)、中シゲヲ(G/ザ・サーフコースターズ)、山本拓夫(Sax)、TIGER(Cho)、金原千恵子(Violin)、片山敦夫(Key)、山内 薫(B)、そして松田 弘(Dr/サザンオールスターズ)と、それぞれのソロのプレーでつなぎ、原がメンバー紹介をする場面も。この錚々たるメンバーによるリッチなバンドアンサンブルがあってこそ、時を超える不変のグルーヴが生み出されるのだ。意外なこの選曲(リリースされて以来、初のライブ披露だったそう)に、原は「とってもレアな曲で、みなさん目がテンだったのではないでしょうか」と笑い、「みんなのソロ回しが聴きたくて」と選曲の理由を教えてくれた。ちなみに中シゲヲが原のソロライブに参加するのはこのツアーが初。サザンオールスターズの松田も原のソロライブでドラムを叩くのは久しぶりということで、ファンには嬉しい驚きだったのではないだろうか。
続いての“いちょう並木のセレナーデ”も同じく『Miss YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd』からの楽曲。青山学院大学時代からの付き合いになるという斎藤 誠がサザンとの出会い、原 由子との思い出を語り、原もアコギを抱え、オーガニックなバンドサウンドに乗せてあたたかな歌声を響かせていった。さらに、遥か昔の時代を映し出すように、サザンオールスターズのアルバム『さくら』(1998年)から“唐人物語(ラシャメンのうた)”へ。斎藤の憂いを含んだギターアルペジオ、そして原の歌声が、遠い時代に生きたひとりの女性の悲しみをやさしく癒すように響いた。
そしてアルバム『婦人の肖像』から“旅情”、そしてサザンオールスターズの『KAMAKURA』(1985年)から“鎌倉物語”、ソロアルバム『バラッド』(2010年)から“京都物語”と、今回のライブのコンセプトを色濃く映し出す流れが提示される。原が「ツアー以外では、あまり旅に出ることもないけれど、歌を歌っていると、その場所にいたような気になったり、歌の情景が目に浮かんだりするから、音楽の力って本当に素晴らしいなと思います」と語ったように、この日、我々が感じていたのもまさにその感覚だった。原 由子の歌は空間も時間も自由に飛び越えて、私たちの前に自在に鮮やかな景色を映し出す。“鎌倉物語”のメロディを聴けば、いつでも瞬時にあじさいの咲く寺社の景色や、海岸を臨む江ノ電の踏切の音が鮮やかに浮かび上がる。ただ懐かしいのではなく、風化することなく、その懐かしい景色を今も感じることができるという穏やかな喜びがそこにある。原 由子の歌声がそれを体現する。「鎌倉で“鎌倉物語”を歌えてとても幸せです」と原は語ったが、40年の時を超えても彼女の歌声が、澄んだ空気のように混じり気のないやさしさを携えて、鎌倉という町の悠久を表現し続けているということに深い感慨を覚える。
終盤は再び原 由子のソロとしてのキャリアを振り返るようなセットへ。「生まれて初めてリードボーカルをとった曲」であり、「この曲がなかったら、この45周年のライブなんてできなかったと思います」と言って披露した“私はピアノ”(1980年/サザンオールスターズ『タイニイ・バブルス』)。メランコリックなメロディとムーディーなコーラスワーク。物憂げな世界観を持つこの曲の独自性は今なお色褪せることがない。そしてバウンシーなモータウンビートが響いて、「それではそろそろ盛り上がっていきましょうか」と客席に呼びかけて始まった、1983年のヒットナンバー“恋は、ご多忙申し上げます”。オーディエンスのハンドクラップも高らかに響き渡り、ポップなメロディに会場中が揺れる。さらに“ハートせつなく”(1991年)のメロディとサウンドがタイムレスな魅力を放ったあとは、ステージにスモークが焚かれ、また『婦人の肖像』からのブルースロックナンバー“スローハンドに抱かれて(Oh Love!!)”。エリック・クラプトンやザ・ビートルズへのオマージュ溢れる演出で、60年代、70年代のブリティッシュロックへのリスペクトを感じさせていく。その音像がナチュラルににクラプトンの“いとしのレイラ”のリフへとつながるのも、この手練れのバンドメンバーたちなればこそ。その流れに心底痺れた。
ラストはテープキャノンも飛び出し、ロカビリーファッションのスタイリングでキメたダンサーたちがツイストでステージを彩る中、“じんじん”(1991年)を披露。洋楽のロックンロールと日本の昭和歌謡とを絶妙なバランスで融合させたこの楽曲もまた、今なお新鮮な魅力を放っている。
アンコールではバンドがザ・ベンチャーズの“Walk Don't Run”のカバーを披露し、そのままザ・ピーナッツの“恋のフーガ”へとつなぐと、原とTIGERがデュオでステージ前方に立ち、心地好いハーモニーを響かせる。そのサウンドが自然に、“そんなヒロシに騙されて”(1983年/サザンオールスターズ『綺麗』)のリフへと続き、ダンサーたちが昭和のゴーゴー喫茶さながらの熱狂を体現する。歌の後半では《そんなヒロシが》と歌うフレーズをブレイクで3度繰り返し、ドラムの松田 弘をフィーチャー。その流れからラストはステージ前方で踊っていた金原千恵子にスポットが当たり、《そんなチエコが》と歌詞を変えて繰り返し、会場も大盛り上がり。原は「“そんなチエコに騙されて”でしたー」と笑顔で曲を締めた。
「この年でこんなふうに音楽活動をできるのも、素晴らしい仲間と、いつもライブを支えてくれているスタッフ、そしてみなさまのおかげです。ほんとうにありがとうございます」と、原が、ライブに関わるすべての人への謝意を述べ、最後はアルバム『MOTHER』(1991年)から“花咲く旅路”。ピアノの音が遥か昔の景色と現在とをつなぐように響いていく。いつまでもこんな時間が続いていくように、いつまでもこの音楽が鳴り止まないようにと願うような気持ちでこの最後の曲を聴いていた。
すべての演奏を終えて、原は再びこの日のステージをともに作り上げたすべてのバンドメンバー、そしてエバトダンシングチームのダンサーたちの名前を呼び上げ、「こんな素晴らしいメンバーと一緒にライブができて、本当に幸せです」と感謝の気持ちを言葉にした。さらに、「いろいろ大変なことも多い世の中ですが、穏やかな日々が続くことを願っています。平和じゃないとライブもできませんからね」という言葉には、この日のライブに込めた想いが滲む。そして「最近は体調を崩すこともあって、ライブのたびに『これが最後かもなあ』なんて思っていたんですけれど、でも、大丈夫みたい(笑)」と、今日のライブの感触を噛み締めるように、大きな笑顔を見せた。その言葉がとにかく嬉しい。さらに嬉しいことに「ライブといえば、また弘くんと一緒にサザンオールスターズのライブもやりたいと思っています」との言葉も。これには割れんばかりの拍手が長らく鳴り止まなかった。そして最後は恒例の「1、2、3、ダー!」を会場全員で決めて大団円。こうして最高の夜は幕を閉じた。
どんなに時代が移ろっても、たとえば鎌倉や京都には変わらぬ景色、変わらぬ生活の営みがあるように、原 由子の歌声にも、その変わらぬ町の情景を体感するのに似た、不思議な癒やしと喜びが滲む。これからもこの歌をずっと聴いていたいと心から思う。願わくばまた近いうちにライブで、原 由子の歌声に「時代を超えた旅情」を感じたい。(杉浦美恵)
●セットリスト
2026.3.28 鎌倉芸術館
01. あじさいのうた
02. 春待ちロマン
03. 恋の歌を唄いましょう
04. シャボン
05. Anneの街
06. 少女時代
07. 鎌倉 On The Beach
08. うさぎの唄
09. 夕方Friend
10. いちょう並木のセレナーデ
11. 唐人物語 (ラシャメンのうた)
12. 旅情
13. 鎌倉物語
14. 京都物語
15. 私はピアノ
16. 恋は、ご多忙申し上げます
17. ハートせつなく
18. スローハンドに抱かれて(Oh Love!!) ~ いとしのレイラ(Cover)
19. じんじん
Encore
20. Walk Don't Run(Cover) ~ 恋のフーガ(Cover) ~ そんなヒロシに騙されて
21. 花咲く旅路