フライング・ロータス @品川ステラボール

新作『ユーアー・デッド!』を携えた、一夜限りの来日公演。日本でのステージは5月の「BRAINFEEDER4」以来だ。押しも押されぬLAビート・マスターとなったフライング・ロータスが、それでもこうして変わらず日本への愛を表明してくれるのは喜ばしい限り。フロアに足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのはHyper Cubeと呼ばれる多面体スクリーンのステージ・セット。シースルー構造で、背景にはもう一枚のプロジェクターが設営してある。「electraglide 2012」以来、日本でも多層プロジェクターを用いたステージはお馴染みになっていたけれども、今回はそれを凌ぐオーディオ/ヴィジュアル・ライヴとなりそうだ。期待感が膨らむ。

Hyper Cubeセットの脇で、オープニング・アクトとしてパフォーマンスをスタートさせたのは、以前フライローのステージにもキーボード奏者として参加していたドリアン・コンセプト。ソロ新作『ジョインド・エンズ』は、彼が長らく拘ってきたマイクロコルグを弾き倒すパフォーマンスから距離を置き、ビートも抑えて新たなサウンドの広がりを伝えていた。しかし、いざライヴ・パフォーマンスとなると、情感たっぷりのメロディを前面に押し出して奏でる姿といい、炸裂音のようなベース&ビートで追い込む躍動感といい、前衛的でありながら人懐っこい、オープニング・アクトにもうってつけの内容だ。短い持ち時間ではあったが、素晴らしいステージだった。

そしていよいよ、フライング・ロータスが登場。『ドラゴンボール』の亀仙流道着やTシャツ一丁で来日公演を行って来た彼にしては珍しい、スーツにタイという装い。ただし彼の表情は、ウルトラマンかダース・ベイダーのようにゴーグル部分だけが点灯する、黒いマスクで覆われている。Hyper Cubeのセット内部に収まると、「ハイ、フレンズ……コニチハー。俺は、もう酔っ払ってるんだよ……んで、お前はもう死んでいる!」という第一声が大歓声を巻き起こし、刺激的なシンセ・サウンドと目眩を起こすような映像効果が一緒くたに立ち上がる。ラップトップDJに近いスタイルのパフォーマンスだが、『ユーアー・デッド!』の高速ジャジー・ブレイクビーツもライヴ仕様にアップデートされた、迫力の音像だ。

トラックとシンクロする視覚効果も、サイケデリックで有機的なイメージからポリゴンのスクロールする風景、それにお馴染みの十二支をモチーフにした物語的なアニメーションなどが、Hyper Cubeを通して描き出される。ここで個人的にひとつ失敗があって、Hyper Cubeの演出はステージ向かって正面、それもちょっと距離を置いて触れた方が、最も効果的に機能するようだ。筆者はステージにほど近い、斜めの位置に陣取ってしまったことが悔やまれる。まあ、ノリノリでプレイするフライローや、オーディエンスの野次とご機嫌にやりあう姿を確認できたことは良かったが。

『コスモグランマ』制作時に向き合った母の死。そして『アンティル・ザ・クワイエット・カムズ』にも参加したブレインフィーダーの盟友ピアニスト=オースティン・ペラルタの死。我々が知っている限りにおいても、この数年のフライローは身近な人々の死に向き合い続け、『ユーアー・デッド!』という最新のヴィジョンを提示してみせた。一定のムードとしての「ジャズ」ではない、個々の人間が音楽を通して放つ直感とイマジネーションのエネルギーに対峙し、枠組みを越えるための「ジャズ」。それは、既存の概念(たとえば宗教)で規定された生と死の境界線に挑み、あるいはそれを踏み越えるための表現である。素晴らしいのは、そんなふうに余りにも個人的なヴィジョンを、肌を振るわせるような音楽体験として、はたまた3D映像のイメージとして、具体的な手触りのエンターテインメントへと昇華していることである。

重いテーマを持つ先鋭的なアートでありながら、フライローのステージは今回も徹底してエンターテインメントであった。“Coronus, the Terminator”や“Siren Song”といった新作の美曲を披露して“Theme”に戻ると、『ファイナルファンタジー』の勝利ファンファーレを鳴らしてオーディエンスをどよめかせ、そのゲーム・ミュージックをクールなブレイクビーツへと編み上げる。一方、自らがゲーム『Grand Theft Auto V』に提供した“Early Mountain”を繰り出してはポーズを決め、“Getting There”や自前のヒューマン・ビートボックスから傾れ込む『コスモグランマ』楽曲群など、過去作もガンガンミックスして盛り上げる。「ケンドリック!」とコールされるのは、ケンドリック・ラマーをフィーチャーした“Eyes Above”だ。そして高笑いを響かせると、別ペルソナのキャプテン・マーフィーとしてマイクを握りフロアに突入、という鉄板の展開へ。本編クライマックスはラップを被せながらの鬼気迫る“Dead Man’s Tetris”を叩き付け、“Turkey Dog Coma”でフィナーレを迎えた。

アンコールに応えると、やはりこれを聴かずには帰れない“Never Catch Me”のイントロが立ち上がって大歓声。『ユーアー・デッド!』のジャケットや新作Tシャツのアートワークを手掛けた漫画家・駕籠真太郎にリスペクトの念を伝え(駕籠氏はこの後、リキッドルームでのアフターパーティに参加し特殊似顔絵会を開催)、また新作の好評ぶりについてあらためて感謝の言葉を投げ掛けると、「また来年会おうぜ!」と告げてフライローは去っていった。ツアー前にはバンド・セットでリハーサルを行っていたという情報もあり、エキサイティングな生演奏が映えそうな新作曲に触れたかったという気持ちは残る。キャプテン・マーフィーでクライマックスに向かうところもややパターン化が否めなかったが、ぶっ飛んだトータル・パフォーマンスは今回もさすがだった。(小池宏和)